2020年は“シラノもの”がアツい!?『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい！』は傑作舞台誕生の裏側を描く伝記コメディ

映画

2020.11.12

ライター：#野中モモ

2020年は“シラノもの”がアツい!?『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい！』は傑作舞台誕生の裏側を描く伝記コメディ — 『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい！』©2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,

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傑作舞台劇誕生の秘密をコメディで

産業革命によって力をつけた市民たちによる華やかな都市文化が栄え、「ベル・エポック（良き時代）」と呼ばれた19世紀末のパリ。「シラノ・ド・ベルジュラック」は、この時代、1897年にパリのポルト・サン＝マルタン座で初演されて大当たりし、今日までフランスのみならず世界中でたびたび上演されてきた舞台作品である。この傑作誕生の裏側を、劇作家エドモン・ロスタンを主人公にドタバタコメディに仕立てた映画が、『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい！』だ。

ロスタン（トマ・ソリヴェレス）は売れない詩人にして劇作家。大女優サラ・ベルナール（クレマンティーヌ・セラリエ）には気に入られているものの、作品は難解で冗長と評判が悪く、妻と幼い子どもを抱えた生活は楽ではない。サラの口利きで名優コンスタン・コクラン（オリヴィエ・グルメ）のための新作を書く機会を得るのだが、いいアイデアが浮かばず困り果ててしまう。そんな折、ロスタンは友人の俳優レオ（トム・レーブ）を介して衣装係のジャンヌ（リュシー・ブジュナー）に出会う。

いろいろあってハンサムだが言語能力に乏しいレオに代わってジャンヌへの愛の言葉を紡ぐうちに、ロスタンの脳内にはシラノのキャラクターとストーリーが立ち上がっていく。しかし、恋と創作と金儲け、さまざまな人々のさまざまな思惑が絡み合う現場ではトラブルが続出。はたしてロスタンは作品を完成させ、初日の幕を上げることができるのか。

「創作のための嘘」は、どこまで許されるのか!? 作家の“業”にハラハラ

劇作家エドモン・ロスタンは、17世紀に実在した剣客にして作家、哲学者、科学者サヴィニヤン・ド・シラノ・ド・ベルジュラックをもとに、「知的で多才だが醜い容姿にコンプレックスを持っている男が、美男だがあまり賢くない友人に代わって恋文を綴る」物語を作り上げた。シラノは従姉妹のロクサーヌに密かに想いを寄せているのだが、ロクサーヌが美男のクリスチャンに恋をしていると知ると、自分は身を引いてふたりの仲を取り持つのだった。

この自己犠牲と騎士道精神というもの、現代人にはなかなか共感されにくいところがある。しかし今日、SNSが普及したことで、この物語が投げかける「見た目か、言葉か」「素か、技芸か」といった問題が何周かしてより切実に響くようになっている気もするから、さすが時代を超えて生き残る古典はさまざまな読みを誘う要素が含まれていて強い。

さて、ロスタンを主人公にしたこの映画は、2016年にフランスで大成功を収めた舞台作品「Edmond」の映画化なのだそう。この舞台をモリエール賞5部門受賞に導き、劇作家・演出家として高い評価を獲得した1982年生まれのアレクシス・ミシャリクが、映画版でも監督・原案・脚本を務めている。10代で俳優としてデビューし、演劇界でキャリアを積んできた。映画監督としては2013年より何本かの短編作品を発表し、本作が長編デビューとなるそうだ。

ベル・エポックのきらびやかな劇場や娼館やビストロを、クラシカルで優美な装いの人々が行き交うライトなコメディである。だが、主人公のロスタンが作品のために悪気なく嘘と裏切りを重ねる話でもあるので、最終的に傑作が生まれてめでたしめでたしでいいのか!? と、胸がざわついてしまう部分もあった。作品のためなら平気で酷いこともしてしまう作家の怖さ、そして創作というものの魅惑を、重くも軽くもなく、ちょうどいい塩梅で見せるのはなかなかむずかしい。

作家が周りの人を巻き込んで私生活を作品に反映させる際の倫理、女性が「ミューズ」として賞賛されるのと同時に搾取されてきた歴史、男性作家と女性作家の扱われかたの違い……そういった現在でも切実に深刻な諸問題が頭をかすめて、自分としては「この主人公はもっと酷い目に遭ってもいいのでは!?」と思ってしまった。そのあたりの作家の狼藉をどこまで許せるか許せないかは、観る人の立場と経験、そして気分によってだいぶ変わってきそうだ。

2020年の日本はシラノ・ド・ベルジュラック祭り!? なぜか多方面でシラノがアツい

2020年は、なぜか「シラノ」関連の話題を目にする機会が多い。イギリスの国立劇場ナショナル・シアターの人気作を映画館で上映する「ナショナル・シアター・ライブ」でも、12月にジェームズ・マカヴォイ主演のシラノが取り上げられる予定。

新型コロナウイルス感染症の影響で初夏の公演が中止となっていた宝塚歌劇・星組のミュージカル版も、12月に上演されるそうだ。そういえば春にNetflixで配信されて注目を集めた『ハーフ・オブ・イット：面白いのはこれから』も、現代のアメリカの田舎を舞台に、成績優秀な中国系の少女がアメフト部の少年のラブレターを代筆する「シラノもの」だった。

かつてジェラール・ドパルデュー主演の『シラノ・ド・ベルジュラック』（1990年）や、80年代後半にスティーヴ・マーティンがシラノを現代劇に翻案したコメディ『愛しのロクサーヌ』（1987年）を楽しく観ていた世代としては、古典にインスピレーションを得た新作の数々から、それぞれの時代感覚や自分の変化が見えてくるのもまた新鮮な経験だ。2020年のちょっとしたシラノへの注目が、過去と現在を接続し、新たな才能の躍進を促す助けとなればいいと思う。

文：野中モモ

『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい』は2020年11月13日（金）よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

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『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい』

スランプに苦しむ劇作家のエドモンは、大物俳優との舞台のチャンスをものにするが、開幕まで3週間しかなく、頭も脚本も真っ白で逆に窮地に追い込まれる。そこに親友から恋文の代筆まで頼まれるが、お人好しのエドモンは引き受けてしまう。しかし、この代筆がきっかけでアイデアが閃くようになり、親友の恋人宛にせっせと恋文を書き続けるのだが……。そんなエドモンの前には、ワガママ女優、借金だらけの大物俳優、無茶振りばかりのプロデューサーら無理難題が次々と立ちはだかってくるのだった。

制作年：	2018
監督：	アレクシス・ミシャリク
出演：	トマ・ソリヴェレオリヴィエ・グルメマティルド・セニエトム・レーブリュシー・ブジュナーアリス・ドゥ・ランクザンクレマンティーヌ・セラリエイゴール・ゴッテスマン

2020年11月13日（金）よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

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