売れない詩人がキュートな青年にゾッコン!?
『息もできない』(2008年)のヤン・イクチュン主演、韓国では2017年に公開された映画ですが、日本ではやっと公開の『詩人の恋』、もっと早く観たかった! 個人的には今のところ2020年ナンバーワン。超いい!!
30才後半の売れない詩人テッキの人生が、妻との妊活を節目に少しづつ軋み始める。気乗りしないセックスに疲れ、さらに乏精子性と診断された彼は生物としての力も、経済的・社会的な人間としての力も持っていないのか~という、空っぽな気持ちになっていく。そんな彼の心を潤したのは、近所にできたドーナツ屋さんでアルバイトする、すっごくかわいい青年セユンだった!
恋の魔法によって“業まみれ”になった人間の“どうしようもない部分”を描く
きっかけはちょっと馬鹿馬鹿しい。テッキは、セユンと若い女性が店のトイレでセックスするのを目撃してしまう。そのあと、急に性欲むくむく。体外受精のための精子を摂取する際、オナニーがめっちゃくちゃはかどってしまう。めっちゃ出る。そこで恋心に気づく。女の子にではなく、青年に対しての気持ちに。いやあ、もう導入からいいでしょ。ここまでは結構コメディタッチで楽しく観れます。
さらに面白いのはここから。ネタバレを避けるため詳しくは書きませんが、繊細に繊細に優しい目線で、人間のどうしようもない部分が描かれます。どうしようもない、というのは「しょうもない」っていうことでもあるし、「そうする以外できない」ってことでもあります。つまり「業」ですね。カルマ。ほんわかした、何もない、ある角度から見ればつまらないとも言える日常が、恋の魔法によって静かにカルマまみれになっていく。
テッキとガンスンとセユンの奇妙な三角関係を映しながら、愛と恋について、男と女について、親切心と愛情の違いってなんだ? ってことについてなどなど、普段は強いコントラストで語られる概念たちについて、「ほんとはどんなものなんだろうね?」「境目ってなんだろうね?」というクエスチョンを、ぽいぽいと鑑賞者に投げかけてくる。
ヤン・イクチュンが8キロ増量で挑む!「こういう人いるな~」感がすごいチョン・ヘジンにも要注目
舞台になる済州島の風土なんでしょうか、パーッと明るく晴れた空がほとんど出てきません。薄曇りで、ぼんやりした光と影の中で物語は動く。これがまたいいんだなあ。そうだよねえ、僕たちってぼんやりしてるよねえっていう気分になる。画面的にも「コントラストを曖昧にして、その中で人間の業とその美しさを見せる」ってことをやってるんだと思う。
もちろんもちろん主演のヤン・イクチュン、最高です。『息もできない』で長編映画監督デビュー。監督・主演・脚本・編集、全部できるスーパーマンですが、今作はぽっちゃり役ってことで8キロ増量して撮影に挑んだそうです。
そしてガンスン役のチョン・ヘジン、この人がまたねえ、すごいです。なんかねえ、いそうなの。いるなー! こういう人いるなー! っていう、可愛らしくて煩わしい感じ。すごかったです。パワフルで、物事を動かす力も自分が動く力も持ってる人、でもちょっと依存体質。いるよなあ。とても良かった。
決して軽めの作品ではないですが、なぜだかすぐにもう一度観たくなる映画です。かなりエモーショナルなはずなんですけど、役者が大泣きするシーンとかもないし、淡々と物語にメッセージが縫いこまれていて、ものすごくいい! みなさんもぜひどうぞ。
文:夏目知幸
『詩人の恋』は2020年11月13日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
『詩人の恋』
自然豊かな済州島で生まれ育った詩人のテッキは、ここ数年スランプだ。稼げない彼を支える妻ガンスンが妊活を始めたことから、テッキの人生に波が立ちはじめる。乏精子症と診断され、詩も浮かばず思い悩む彼を救ったのは、港に開店したドーナツ屋で働く美青年セユンだった。彼のつぶやきが詩の種となり、新しい詩の世界への扉を開いてくれたのだ。もっと彼を知りたい―。30代後半にして初めて芽生えた“守ってあげたい”という感情を隠しながら、テッキは孤独を抱えるセユンと心を通わせていく……。
制作年: | 2017 |
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監督: | |
音楽: |
2020年11月13日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開