「松竹恐怖ノシリーズ」がシッチェスで復活!
その昔、『悪魔のはらわた』(1973年)、『悪魔のいけにえ』(1974年)、『悪魔の墓場』(1974年)などは「ヘラルド悪魔シリーズ」なんて呼ばれいた。しかし邦題の「悪魔の」以外、特に共通することはなかった。そんな雑な邦題魂を受け継いでいるのが「松竹恐怖ノシリーズ」だ。
これまで『恐怖ノ黒電話』(2011年)『恐怖ノ黒洋館』(2012年)『恐怖ノ黒鉄扉』(2013年)『恐怖ノ白魔人』(2014年)と、かたっぱしから「恐怖ノ」をつけてまわる大変凶悪なシリーズで、邦題をつけることの難しさを世に提示し続けている。あ、でも「恐怖ノ」シリーズはその投げやりな邦題で観る前にハードルがガクンと下がるのか、どれもわりと見所があったりする。そんな「恐怖ノ」シリーズの最新作となるのが『恐怖ノ黒電波』。根本敬先生の漫画のタイトルのようだけど、さて内容は……。
謎の黒い液体が人々の精神を蝕む! まさかのボディ・ホラー的展開に「?」の連続
舞台は、どんてん模様の空の下にそびえ立つ古びたマンション。雇われ管理人である柳憂怜やトム・ヨークを思わせるダウナーな雰囲気の男は、出勤早々にマンションの屋上からの転落死を目撃。朝からぺちゃんこになってしまった男は、政府から義務付けられたプロパガンダを垂れ流すテレビ放送受信用アンテナの設置作業員だった。そこから、なぜかマンション中で謎の黒い液体が吹き出し、人々を侵食。黒い液体に触れた人々は正気を失ってゆく……。
というような映画なのだけど、本作には明確なストーリーはない。天井、壁、蛇口、コンセント穴、ありとあらゆる場所から出てくる黒く粘っこい液体が人々の日常を淡々と塗りつぶしてゆくだけ。黒い液体は人々の身体にまで影響を及ぼし、デヴィッド・クローネンバーグ的ボディ・ホラーにまでなっていく。しかし、あまりにも説明がない……。なにがなんだかわからない。
何から何まで謎だらけ! そのヒントは独裁化が進むトルコにあった!?
政府が義務付けたアンテナからのテレビ放送は、ジョージ・オーウェルのディストピア小説「1984年」に出てきたテレビ型市民監視装置テレスクリーンを思わせるけど、黒い液体の正体は観る者によっていかようにも解釈できる。本当は何を描いているのだろう? ヒントとなるのは、映画が作られた今現在のトルコという国にあった。
トルコはエルドアン大統領のもと、イスラム化と独裁化が進んでいる。これは2016年に起きたクーデター未遂事件以来いっきに加速し、反体制派とみられる人々を「テロリスト」と断じ、20万人以上も拘束してきたと言われている。政権批判をする独立報道機関は閉鎖され、個人が自由に意見を発信できるはずのSNSの利用を制限したり、ウィキペディア閲覧制限まで行ったこともある。そんな中で作られたのが本作だったというわけだ。寡黙すぎる作り、「統制」を感じるシンメトリー構図、政府が発するプロパガンダを浴びておかしくなってゆく人々……すべてはトルコの来るべき未来を描いていたのだった。
というわけで、途中「なぜ邦題を『恐怖ノ黒液体』にしなかったの?」なんて思ったりしたけど、語呂の悪さとかじゃなく真に恐ろしいのは、ちゃんと「黒電波」であった。
文:市川力夫
『恐怖ノ黒電波』は2020年10月31日(土)より「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2020」で上映
『恐怖ノ黒電波』
ディストピアと化したトルコ。政府の主導で、古い高層アパートのテレビアンテナが新設される。政府のプロパガンダをすべての住人に提供するためだ。しかし作業をしたエンジニアが不可解な死を遂げ、裏に隠された邪悪な意図が浮かび上がる。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年10月31日(土)より「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2020」で上映