2018年の刊行以来、世界的ベストセラーとなり邦訳が待たれていた映画界の鬼才デヴィッド・リンチ監督初の自伝『夢みる部屋』が、いよいよ2020年10月24日(土)に発売される。リンチ自身の言葉と、身近な同僚、友人、家族の言葉の両面からひもとく、リンチにとって初めての伝記と回想録を融合させる試みだ。
\そろそろ決めようじゃないかっ//
— フィルムアート社 (@filmartsha) September 30, 2020
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最多得票作品は、10月24日刊行のリンチの自伝『夢みる部屋』中からその作品への言及箇所を映画評論・情報サイトBANGER!!!(@BANGER_JP)でためし読みとして無料公開!!
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今回の刊行を記念して、リンチ作品(長編映画10作品)の人気投票を実施し、自伝『夢みる部屋』の中からもっとも得票数の多かった作品について言及されている箇所を、BANGER!!! で「ためし読み」するという企画を開催。もっとも得票数の多かった作品は、第54回カンヌ映画祭でリンチが監督賞を受賞した『マルホランド・ドライブ』(2001年)に決定! 自伝『夢みる部屋』から、リンチが『マルホランド・ドライブ』を回想した箇所を抜粋し、無料公開する!
『マルホランド・ドライブ』作品おさらい
リンチ至極の謎解き難解ミステリーとして名高い『マルホランド・ドライブ』は、真夜中にマルホランド・ドライブで起きた車の衝突事故で記憶を失った女リタ(ローラ・ハリング)が、女優志願のベティ(ナオミ・ワッツ)と出会う。同居することになった2人は、彼女の素性を調べはじめるところから物語は始まる。映画公開後、断片的に話が進み、夢なのか、現実なのか、一度見ただけでは理解ができないと話題になった作品だ。
自伝「夢みる部屋」でリンチが語った『マルホランド・ドライブ』
※以下『マルホランド・ドライブ』該当箇所の抜粋となります。
マルホランド・ドライブは魔法のような通りで、多くの人は夜に運転するとその場所の魔法を感じる。曲がりくねった道で、片側にハリウッド、反対側はバレーで、なんだか迷子になってしまうんだ。古い道でもあって、雰囲気もあるし、ハリウッド黄金時代の多くの人がその道を車で走ったのが感じられる。本当に歴史があって、ロサンゼルスにそれなりの期間いれば、そこで起こったことについてあれこれ話が耳に入って、本当に想像力がかきたてられるんだ。
現場に出かけて撮影するまで映画の中身がわかっていないというのは、必ずしも本当のことじゃないな。それが本当なら、私みたいな人間を信用できないだろうに。脚本があって、何が欲しいかがっちりわかってはいるんだけれど、ときには現場についていろいろ見て可能性もわかってくると、物事が発展するんだ。あるいは、頭の中にある通りのものじゃなくて、適応することで、もっといいものが登場するんだ。その場面のエッセンスがあって、それを捕らえる必要はあるけれど、アイデアの引き金になるものはいろいろあって、だからこそロケ撮影はすばらしいんだ。頭の中の通りにセットを作ったら、それ以外のものにはならないけれど、ロケ撮影だといろんなことが起こる。
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比較的無名の役者と仕事をしたがるというのは、まあ本当だけれど、別に無名だからどうというわけじゃない――それがその役にふさわしい人物かってことなんだ。そこを目指さないと。その人物が演技できるかできないかは、ジョアンナが教えてくれると信じているけれど、ときにはそいつが演技できなくても構わないんだ。いっしょに頑張ればいいし、その人に何か適切なものがあるんだ。
だれかの配役をするときには、まず写真を見る。で、写真を見ていてある女の子が目に留まり、「おっと、この子は美しいな、会いたいよ」と言う。それがナオミ・ワッツだった。連絡するとニューヨークから飛行機できて、やってきたら写真とぜんぜんちがう。写真とまるっきりちがうんだ! 悪くはなかったけど、写真とはちがったし、あの写真の娘が欲しかったんだよ。どうかしてる、と思ったね。自分は存在もしていない人物を空想してるのか! 飛行機を降りてすぐに会いにきたから、もう一度メイクをして戻ってきてくれと言って、すると彼女は戻ってきた。ゲイ・ポープの息子はスコット・コフィーといって、ナオミと何かでいっしょに仕事をしたことがあって、ナオミが戻ってきたとき台所にいた。スコットとナオミが何かしゃべって笑っていて、スコットがいたおかげでナオミのある面が見られたので『オッケー、彼女は完璧だ。あれならできる』と言って、それで決まりだ。彼女は完璧で、あとはご存じの通り。
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ジャスティン・セローが出てきたときのことは覚えている。楽しくおしゃべりしたし、とにかくすごい役者だ。チャド・エヴェレットもあの役では完璧だったし、アン・ミラーも完璧だ。アン・ミラーは大好きだった! いやはや、仕事をするのが実に楽しかったんだ。ココ役で、その役柄が本当にぴったりだった。ビリー・レイ・サイラスは別の役で面接にきたんだが、あれはプールのジーンだよな――あれ以上の役はなかった。別の役のためにきた人を見て、他の役に完璧だと思うことはよくあるんだ。コリ・グレイザーは自分の美しさをひけらかさないけれど、でも美しい顔をしてるよ。でもそれを切り出す必要があって、確か彼女をずいぶん長いこと見つめて、それからやっと彼女こそが青い女だとわかったので、映画で最後の台詞が彼女のものになった。
カウボーイは何と言うか、映画の中にふらふら迷い込んできたんだ。椅子にすわっていて、ゲイがキーボードを叩いていて、ゲイには特殊能力があるんだ。ゲイはすばらしかった。別に秘書としてさほど優秀ってわけでもなくて、いささかネジがゆるいんだが、それでもいいエネルギーを持っていて、そのほうがはるかに重要だ。どうしても必要なら命令も下せたしノーとも言えたから、気骨はあったんだけれど、でもいつもみんなによくしてくれたんだ。その優しさが美しい繭を作り出して、その中でならどんなことでも考えられるし、それを口に出しても怖くない。だれのことも決めつけたりせず、いっしょにいると何でも言える気分だった。そういう人は脚本書きにぴったりで、いろんなことを試してみても、彼女は全然気にしない。彼女が作り出す自由の雰囲気は、アイデアを捕まえるのに本当に具合がよくて、だからゲイとすわっていたら、そこにカウボーイがやってきて、おしゃべりを始めて、そしてしゃべっているうちに、モンティのことが頭に浮かんだ。
モンティに演技ができるのはわかってたよ、それは『カウボーイとフランス男』で起きたことのおかげなんだ。モンティはプロパガンダ社にいて、彼らがあの番組を制作し、ハウディという人物の場面の作業をしていたんだ。こいつは牛の角を捕まえて倒す人物で、この雄牛を倒そうとしているところだ。ハリー・ディーンが彼に、ビールのナッツをもっと持ってこいと怒鳴っていて、ハウディにはそれが聞こえているんだが、ハリー・ディーンは聞こえていると思わず、そこで怒鳴り続ける。ハウディは頭にきて、その怒りのおかげで雄牛を倒せるんだ。それから柵を跳び越えて立ち去ってしまうんだ。もうハリー・ディーンにはうんざりしたから。この場面では雑音が多すぎてハウディが何を言ってるのかわからず、だから、「これは後からダビングしないと。ハウディのダビングできるやつはだれだろう」と言うとモンティが「私がやるよ」と言うのが聞こえたから、おっとこれは赤面ものになるぞ、と思ったけれど「オッケー、やってみてくれモンティ」と言ったら、一発目で完璧にこなした。こいつは覚えておこうと思ったんだ。でもモンティは台詞を暗記できなかったから、あの場面を引き出すのには苦労したよ。モンティはすごく頭がいいんだが、学校の成績はいまいちだったんじゃないかな。とにかく覚えられないことがあるんだ。でも成功するまで頑張ったし、何とかなった。モンティの台詞回しはいつも完璧だったけれど、ジャスティンの胸にモンティの台詞を貼っておかないとダメだったんだ。
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いろいろうれしい偶然はある。ブライアン・ルークスが『マルホランド・ドライブ』の途中で電話してきて「デイヴィッド、引き合わせたい人がいるんだ。レベカ・デル・リオというんだ」。だからレベカがスタジオにやってきて、コーヒーでも飲んでおしゃべりでもして、何か歌ってくれることになった。で、スタジオにやってきたんだが五分もたたないうちに、コーヒーもなしで、ボーカルブースに入って映画の中の歌をそのまま歌ったんだ。まったく手は加えていない。そのまま。あれがレコーディングだ。その日レベカがスタジオに来るまで『マルホランド・ドライブ』の脚本には彼女みたいな人物はいなくて、彼女が歌う歌を自分で選んだんだ。私はクラブ・シレンシオのために書いた場面のことを考えていて、「ノー・アイ・バンダ(No Hay Banda)」つまりスペイン語ではバンドがないということで、それがレベカへと伝わったんだ。だってバンドなしであの歌を歌ったんだから。そこでステージに彼女を出して美しく歌っていて、そして倒れるんだがそれでも歌は続く。
『マルホランド・ドライブ』のスタッフはすばらしくて、いちばんお気に入りの人たちと働けたんだ。ピート・デミングとの仕事は大好きだ。変化球が好きで、たまたま起きたことを利用するのが好きで、ヘンテコなことを試すのを怖がったりせず。だからいっしょにいくつか奇妙な技法を開発したんだ。うまくいくこともあればいかないこともあるけれど、いつもすばらしい共同作業で、すべては道具箱に加わるし目的がある。確かにその道具箱には雷マシンがあるし、これまで見つけた最高のものは『ロスト・ハイウェイ』用にリバーサイドでサブリナ[・サザーランド]が見つけたやつだ。彼女が見つけたこの二つのマシンは鉄道客車くらい大きくて、フラットベッドの牽引トレーラー二台に載って届けられた。あの雷のスイッチを入れると、信じられないくらいのパワーが出てくるんだ――本物の雷みたいに一マイル四方のすべてを照らし出す。『マルホランド・ドライブ』の冒頭の自動車事故撮影はすごかった。ピンと張ったケーブルの一方の端に、三トンの重りを宙づりにしておいて、その反対側に自動車をつないで、その重りを落とすんだ。ケーブルが予定より先に切れたら、まるで鞭みたいになって、どこにいくかもわからないけれど、そいつが当たったらバターを熱いナイフで切るみたいになっちゃうんだ。すっごい危険。このショットでは少なくともカメラ三台あって、ピートと私もいたけれど、他のみんなは他に行ってもらうしかなかった。ゲーリーはクレーンのところにいて、三トンを支えてるピンが地面にあって、ケーブルはもう張り詰めて切れたくてしょうがない状態で、ケーブルカッターみたいに機能する特別な爆薬が仕掛けてある。ケーブルを切って重りが自由落下すると、楽しいドライブ中の子供が乗った車が飛び出して、リムジンにものすごい勢いで衝突する――すげえ! もうすごかった! ゲーリーはあれですばらしい仕事をしてくれたし、本当におもしろかった。
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ジャック・フィスクは親友で、『マルホランド・ドライブ』でいっしょに仕事ができた。ジャックは何でもやりとげるんだ。十ドルしかもらえなくても、なんとかセットを作っただろうし、そのセットはとにかく美しいものになる。ベティがリタに「財布の中を見てみたら? 何か名前がついているはず」という部分があって、リタが財布を開くと大金が入っていて、何だかわからないもの用の独得な青い鍵がある。その鍵は何かを開けるもののはずで、なぜそれがドアや車の鍵ではなく、青い箱の鍵だったのかはわからない。
ジョン・チャーチルは『マルホランド・ドライブ』の第二助監督で、すごいヤツで助監督として自力でのしあがってきたんだ。もともと『ロスト・ハイウェイ』と『ストレイト・ストーリー』で制作助手だったんだけれど、生まれながらの助監督で、水を得た魚みたいだった。この仕事をやるにはいろんな技能が必要なんだ。監督とスタッフの両方とうまくやって、物事を進めないといけない。裏方の面倒も見て、みんなを静かにさせたり、カメラや音響をまわしたり、次のクソショットを用意したり。物事を動かし続ける。執行人、外交官、スケジューラーの組み合わせだな。何を最初に撮って、何を二番目に撮って、といった具合のことだ。おかげで監督は自由に考えられて、細かいことに囚われずにすむ――監督は次の場面が何を表現すべきか考えなきゃいけないし、それ以外のことは考えないでいいんだ。ある意味で、私はこの物事をとにかく進めて一日きっちり終えるってのが大嫌いなんだが、でもやるしかないし、助監督は欲しいものを手に入れる手助けをしてくれる。つらい仕事だけどチャーチーはうまくて、友人だしユーモアのセンスもすごい。私からいろいろ話を引き出すんだ。だれかを通りで見かけると「うん、じゃああの人の話は何でしょう」と言って、私はその人物について語る。そして彼は何でも覚えている。本当に最高のヤツだよ。
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デヴィッド・リンチ監督初の自伝『夢みる部屋』は2020年10月24日(土)より発売。
『夢みる部屋』
デイヴィッド・リンチ、クリスティン・マッケナ=著|山形浩生=訳・解説
発売日:2020年10月24日
A5判・上製|704頁|本体:4,500円+税|ISBN 978-4-8459-1829-4
フィルムアート社