アル・パチーノ御大がドラマシリーズに初出演!
『ウォールフラワー』(2012年)や『フューリー』(2014年)以来メジャー作はご無沙汰な感があるローガン・ラーマンと、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』や『アイリッシュマン』(共に2019年)など衰え知らずの活躍を見せるアル・パチーノ(2020年で80歳!)が共演するAmazon Prime Videoオリジナルドラマ『ナチ・ハンターズ』。70年代アメリカに蔓延るナチの残党どもを殲滅せんと暗躍する、文字通り“ナチ・ハンター”たちの姿を描いたサスペンス・アクション・ドラマだ。
物語の舞台は1977年の米ニューヨーク。ラーマン演じる主人公のジョナ・ハイデルバウムはアメコミ屋で働きつつ、安物ドラッグを売りさばいては小遣い稼ぎをしているチンケな青年だった。あるとき何者かに唯一の家族である祖母ルースを殺害されてしまい、警察も頼りにならず、しかし犯人が野放しになっていることが許せない。そんな彼が、ひょんなことからマイヤー・オファーマン(パチーノ)という富豪の老人と出会あったことで、アメリカ全土に潜伏し“第四帝国”を築き、再び大量虐殺を行おうとしているナチスの残党たちを狩るハンターの存在を知ることになる……。
トンデモなヒーロー物語と思いきや! 史実とフィクションを織り交ぜた濃厚な人間ドラマ
そのド直球のタイトルからはいかにもB級感が漂うが、本作は史実をネタにした完全なフィクション劇というわけでもない。ナチス・ドイツ時代の戦犯たちを捜索・追求しバットでボコボコに……ではなく、法による裁きを受けさせようという活動家たちは実在し、しかも彼/彼女たちは本当に“ナチ・ハンター”と呼ばれている。メンバーは主に東欧~南米に点在しているそうだが、最近だとアウシュビッツへの強制送還に関わった人物を探し出して2010年代に終身刑へと導いたというから、実績の面でも大きな成果をあげているのだ。
本作のハンターズはオファーマン以外にも、元MI6のエージェントや変装術に長けたチャラい役者、公民権活動家の黒人女性やベトナム帰還兵の日系人など、まるでマンガみたいに個性豊かなメンバー揃い。それでも明らかに実在するハンター夫婦をモデルにしたであろうメンバーもいたりして、史実を意識しているのは明らかだ(実在のハンター、サイモン・ヴィーゼンタールも登場させる)。FBI捜査官のモリスが並行してルース殺害犯を追うあたりも完全にフィクションだとは思うが、かつてのナチ党員たちの中には死刑宣告を受けるもアメリカやカナダなどに逃亡した者がまだ数百名も残っているらしく、ゆえに本作の“アメリカに潜伏するナチ党員”という設定も無理なく成り立つというわけだ(この点はストーリーにも大いに絡んでくる)。
クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(2009年)はもちろん、タイカ・ワイティティ監督の『ジョジョ・ラビット』(2019年)など、ナチス党の勃興に対するカウンターをエンタメ方面に振り切りきって描いた作品も少なくない。本作の“第四帝国の超恐ろしい陰謀が……”的な展開は2020年の時勢にマッチしているとも言えるが、家族に認められたい一心で暴走していくジョナの葛藤や、メンバーそれぞれが抱えた苦い過去、そして謎多きオファーマンの素性などをエピソード毎に小出しにしていく手法は、キャラクター個々の内面をじっくり描けるドラマシリーズならではと言えるだろう。
オファーマンは「ニュルンベルク裁判で死刑になったナチス党員は12人。800万人いるうちのたった12人だ。また進軍しはじめる」と熱弁するが、ナチを殺して万々歳みたいな“物理的な復讐”の是非を問う部分もあり、他国の戦争犯罪人を自国の利益にしようとしたアメリカの闇(いわゆるペーパークリップ作戦)も暴いていく。徹底的に“悪”として強調してはいるが、ハンターズによる復讐をスカッと気持ちよく描かないのも意図してのものだろう。ただ、そもそも歴史改変モノをトンデモとか呼ぶのはナンセンスだと思いつつ、一応史実ベースだけにちょいちょい出てくるエピソードが「え、そうなの!?」と驚いてしまうようなものばかりなので、真偽が気になって仕方がない。「ソ連は送り出す宇宙飛行士に散弾銃を持たせていた」とか、何かと“ググらせ”要素も多く、神経質な人は何度も足止めを食うかもしれないのであしからず。
歴史的悲劇のフィクション化は是か非か? 制作側の誠意が問われるナイーブなテーマに挑戦
当然ながらナチの悪行はビタイチ擁護できないのだが、いくらナチ憎しといえども実際にはやっていない行為を盛り込むのは相当リスキーだ。もちろん風化させないことが重要なのであって、ある程度のエンタメ化は許容範囲ではあるものの、存命のホロコースト・サバイバーや遺族たちのことを想えばもっと誠実に作ることもできたのでは、と考えてしまう。
いま話題のQアノンなど雑な陰謀論の影響なのか、それとも単に無知なのか、謎に右傾化する日本の若者のように、欧米でもホロコースト否定派の若者が増えているという。もはや開いた口が塞がらないバカバカしさだが、それだけに映画/ドラマ作品が忌むべき歴史への興味を促すことはあっても、否定を助長するようなことがあってはならないはずだ。多くのサバイバーたちから背筋が凍るような過去が語られているのだから、完全なフィクションでショッキング演出を差し込むよりも、より多くの人に事実を伝えることを優先するべきでは? という意見もあるだろう。
本作を企画したデヴィッド・ヴェイルはホロコースト・サバイバーである自身の祖母の記憶を基に脚本を仕上げたそうだが、いわく「これはドキュメンタリーではないし、実在する人物のエピソードを借りて過去のトラウマを呼び起こしたくなかった」とのことで、彼の言わんとしていることは理解できる。欧米ではいま、ネオナチによるシナゴーグ襲撃などユダヤ人差別の炎が再燃していることも、ヴェイルが本作を製作する大きな理由のひとつになったようだ(製作総指揮にはジョーダン・ピールの名も)。
実際、アウシュビッツなどの描写は観ていて精神的にとてもキツく、収容者たちの絶望がヒリヒリと伝わってくる。殺された祖母を想う主人公の気持ちや悲しみをシーズン全編にわたってしっかり描写し、物語の単なる起因として消費しない点も好感度が高い。ともあれ本作は、最後の最後まで観ないと感想が語れないほど、みっちり濃厚なドラマに仕上がっている。最終エピソードのラスト、“アイツ”(なのか?)が登場するシーンはマジで声が出るくらいヤバいので、心して観るべし!
『ナチ・ハンターズ』はAmazon Prime Videoで独占配信中
https://www.youtube.com/watch?v=n3-muzDGMz8
『ナチ・ハンターズ』
1977年のニューヨークで結成されたナチ・ハンターの“寄せ集め”チームの活躍を描く、史実に着想を得たドラマシリーズ。復讐と正義を追求する彼らは、アメリカで暮らすナチ逃亡犯たちを追い詰め、制裁のためならばどんな悪事にも手を染める。しかし、やがて想像もつかないほどの大きな陰謀に気づき、ナチスの新たな“大量虐殺計画”を阻止すべく動き出す。
制作年: | 2020 |
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出演: |