ウディ・アレン監督『アニー・ホール』と『女と男の観覧車』の主人公の家を探して
ニューヨークの中心部、マンハッタンから地下鉄で約1時間。ブルックリン区の南端に位置する海辺のリゾート地がコニーアイランドだ。
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ニューヨークは何度も訪れてはいたが、コニーアイランドまではなかなか足を伸ばす機会がなかった。今回は、ヤンキースタジアムでMLBの試合を観るためにやって来たが、ちょうど1日だけゲームのない日があったので、かねてから気になっていたコニーアイランドに出かけることにした。
この地の名前を知るようになったのは、ウディ・アレンの代表作『アニー・ホール』(1977年)を観てからだ。主人公のコメディアンであるアルビー(ウディ・アレン)が少年時代に住んでいた家が、コニーアイランドの遊園地のジェットコースターの下にあった。
ジェットコースターが通るたびに部屋が激しく揺れるこの家は、作品の冒頭で登場するが、中盤過ぎ、アルビーが恋人のアニー・ホール(ダイアン・キートン)とともに、フォルクスワーゲンでブリックリン巡りをする際にも、回想場面として描かれる。
すでに廃棄されてしまったジェットコースター下の家を懐かしんだ後に、かつてのアルビーの家庭の様子が回想場面として挿入されるのだが、詳細に見ると、窓の向こうには「ワンダー・ホイール」と呼ばれる観覧車が微かに映り込んでいる。
この観覧車をそのままタイトルにした作品が、同じくウディ・アレンの近作である『女と男の観覧車(原題『Wonder Wheel)』(2017年)だ。
主人公の元女優で子連れのウエイトレス、ジニー・ラネル(ケイト・ウィンスレット) が住むのが、この観覧車の隣にある見せ物小屋を改造した不思議な家で、ガラス張りの窓からは視界いっぱいに回転する観覧車が見え、部屋の奥からはジェットコースターも臨める。
ウディ・アレンは、どうも遊園地の乗り物に隣接する家という設定が好きらしい。実はコニーアイランドに出かけたのは、この観覧車を目前にする建物が現実にも存在するのかということを確かめるためだった(ついでにジェットコースター下の家も)。
結論から言えば、ワンダー・ホイールの周囲には『女と男の観覧車』で描かれたような建物はなかった(写真参照)。最近の作品なので、撮影時から状況が変わったということも考えにくい。つまり、主人公が住む家は、映画用につくられたセットなのだ(当然だが、ジェットコースター下の家もなかった)。
『女と男の観覧車』で主人公のジニーは、年上の中年男ハンプティ(ジム・ベルーシ)と再婚して、自分の連れ子であるリッチーとの3人でこの家で暮らしている。1日中回り続けている観覧車は、かつて女優だった華やかな頃を思い出しながら、いまは海辺のバーでウエイトレスをしている、ジニーの行き場のない人生を象徴しているかのようにも思える。
時代は1950年代で、コニーアイランドは「昔のにぎわいは薄れ、いまは寂れている」行楽地として描かれている。最盛期を過ぎたとはいえ、ビーチは海水浴客で賑わい、その向こうにゆったりと観覧車が回る遊園地が見える。19世紀末から第二次世界大戦まで、コニーアイランドはアメリカ最大の人気リゾート地として多くの観光客を集めていたが、1950年代に入ってめっきり客足が衰えたという。
物語は、この観覧車をバックに、ヤクザ者の夫から逃げて来たハンプティの娘が登場するところから始まる。彼女がハンプティの妻であるジニーを訪ねていくバー「RUBY’S CLAM HOUSE」は、いまも「ルビーズ・バー・アンド・グリル(Ruby’s Bar & Grill)」として、海辺のボードウォークで営業している。
残念ながら観覧車に隣接する家はなかったが、映画のなかでは、この家からの眺めはとても魅力的に描かれている。撮影のヴィットリオ・ストラーロ(ベルナルド・ベルトルッチ監督やフランシス・フォード・コッポラ監督の作品を担当)が、この盛りを過ぎた行楽地を色彩鮮やかに、ファンタジックな場所として撮っているからだ。
『女と男の観覧車』の舞台は、ほとんどがこのコニーアイランドなので、かつてこの場所がニューヨークの人たちにどのように親しまれていたかを知るには、うってつけの作品かもしれない。
アロノフスキー監督『レクイエム・フォー・ドリーム』
コニーアイランドはウディの作品以外にも、さまざまな映画に登場している。映像的にも映える場所なのだろうか。記憶に残るものをいくつか挙げてみよう。
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まず、ダーレン・アロノフスキーの『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年)。物語は、ヘロイン中毒の主人公ハリー(ジャレッド・レト)が、コニーアイランドに住む母親の家からテレビを引っ張り出し、質屋に入れてドラッグを手に入れるための資金をつくろうとするところから始まる。
質屋はずいぶん遠くにあるのか、なぜかコニーアイランドのビーチや、観覧車やジェットコースターをバックに、ハリーがテレビを運ぶ姿が執拗に映し出される。現地に行ってみると、ハリーはコニーアイランドじゅうを歩き回っているのではないかという印象を受けた。
映像に凝るアロノフスキー監督なので、主人公がテレビを運ぶこのコニーアイランドのシーンは、たぶんハリーの彷徨のようなものを象徴しているのかもしれない。映画が撮影された2000年前後のコニーアイランドの模様を、このシーンから窺い知ることができる。
『レクイエム・フォー・ドリーム』は、恋人とともに薬物に溺れ破滅へと突き進んでいく主人公をハードに描いたものだが、ヘロインを摂取するときの映像がかなり刺激的で、このシーンが登場するたびに視覚が覚醒される。ただ、コニーアイランドの観光地的映像は冒頭に登場するのみだ。
『ブルックリン』では“幸せの象徴”として描かれる
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)のシアーシャ・ローナンが主演した、ジョン・クローリー監督作『ブルックリン』(2015年)では、コニーアイランドは主人公の幸せを象徴する場所として描かれている。
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アイルランドの田舎町から新たな人生を切り拓くために単身ニューヨークにやって来たシアーシャ演ずるエイリシュは、ブルックリンのデパートで働きながら、夜は簿記の学校に通い、異国での暮らしを始める。当初、ホームシックに悩まされていたが、イタリア系のトニーと付き合ううちに、恋が芽生える。
簿記の試験に合格したお祝いに、2人で出かけるのがコニーアイランドだ。賑やかなビーチにやってきた2人の後ろには、さりげなく観覧車とジェットコースターが映っている。
描かれるのは、『女と男の観覧車』と同じ1950年代のコニーアイランドだが、『ブルックリン』では眩い光に溢れた幸福の地として描かれている。エイリシュがトニーにガードされながら、賑わうビーチで水着に着替えるシーンは微笑ましい。
闇を描いたウォルター・ヒル監督『ウォリアーズ』
コニーアイランドが描かれるどの作品を観ても必ず登場するのが、観覧車のワンダー・ホイール。ウォルター・ヒル監督の『ウォリアーズ』(1979年)でも、冒頭からこの映像が象徴的に登場する。これまで紹介してきた作品とはやや異なる、コニーアイランドを地元とするストリートギャングの若者たちを描いたアクション作品だが、いきなり夜の闇のなかを不気味に回るワンダー・ホイールが映し出される。
物語はニューヨークではコニーアイランドとは逆方向に位置するブロンクスでストリートギャングの大集会があり、そこで濡れ衣を着せられたチーム「ウォリアーズ」のメンバーが、地下鉄を使いながら、道中、追っ手と闘いながら地元まで戻るというものだ。
ニューヨークの地下鉄をちょうど北から南へと、アクション場面が繰り広げられる舞台はほとんどその沿線なのだが、最後、彼らがコニーアイランドに着くと、主人公スワン(マイケル・ベック)の口から意味深なセリフが吐かれる。
「これが必死で帰って来たところなのか。よそへ行くよ」――結局、彼らはここコニーアイランドのビーチで最終決戦に臨むことになるのだが、この時に通り抜けていく観覧車やジェットコースターのある遊園地は、がらんとしていて人の気配がまるでない。あくまで早朝のシーンではあるが、それが作品のつくられた1980年前後のコニーアイランドの荒んだ雰囲気だったのかもしれない。
さて、MLBのゲームの合間に初めて訪れたコニーアイランドだったが、ウィークデイということもあって、遊園地やビーチは実に閑散としていた。21世紀に入って再開発も進んできたようなのだが、そこにはマンハッタンまで地下鉄で1時間とはとても思えないような長閑な静寂が漂っていた。
観覧車もジェットコースターも稼働してはいなかったが、数々の映画に描かれたコニーアイランドの風景には、人を和ます不思議な空気感が漂っていた。夏の終わりではあったが、かつて海水浴客で賑わっていた長い砂浜には静かに波が寄せ、その上を白いかもめがひらりと飛んでいた。
文:イナガキシンジ
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