障がいを持つ弟のために……チンピラ兄貴が奔走する一夜を描く
『グッド・タイム』は、サフディ兄弟が名作『アンカット・ダイヤモンド(原題:UNCUT GEMS)』(2019年)の前に撮った、2017年公開のシリアスクライム。小さなアクシデントがピタゴラスイッチのように回り続ける一晩の逃走劇。主演は『ザ・バットマン』(2021年公開予定)でブルース・ウェインを演じるロバート・パティンソンだ。
知的障害を持つニック(ベニー・サフディ)は、精神科医から奇妙な質問を繰り返されている。ボーッとした表情で答えるニック。奇妙な質問はニックを病理学的に分析するためのものだが、ニックの兄でチンピラのコニー(パティンソン)は最愛の弟が知的障害者として扱われていることが我慢ならない。コニーは突如カウンセリング・ルームに乗り込むと、強引にニックを連れ出していく。
「恥を知れ!」。そう精神科医に向かって吐き捨てた後に弟を連れて向かったのは、街の小さな銀行。二人で悠々自適に暮らすために牧場を買おうと、必要な金を強奪する計画だ。成功すれば弟に自信もついて一石二鳥、などというコニーの目論見はたった一つのミスによって崩れ去る。挙げ句の果てに、弟のニックだけが逃げ遅れて警察に捕まってしまった。
指名手配されたコニーは警察から逃走しながらも、ニックの保釈金を調達するために街を駆けずり回る。『グッド・タイム』は、そんな兄弟の一晩を描いた映画だ。
パティンソンがズタボロに! 体当たりアクションのスラップスティック・コメディ
本当かどうかは知らないが、喜劇王チャップリンは「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」という名言を残したという。転んでも転んでも立ち上がるコニーは、自分のせいで引き起こしたミスを埋める為にどんどん悪事を重ねていくという、全然褒められない根っからの犯罪者。だけれど、確かにすごく引いた目で眺めるとコメディ映画の主人公のようにも見えてくる。まるで『地下鉄のザジ』(1960年)とかジャック・タチの『プレイタイム』(1967年)に出てくる人々のように。
しかも、コニーは数あるクライム映画の主人公と違って、全然かっこよくない。『トワイライト』シリーズ(2008~2012年)のロバート・パティンソンが演じているので容姿端麗ではあるのだけれど、初っ端から防犯用の赤い粉を被ったり、変装用に安い薬剤でブリーチし始めたり、髭も生えっぱなしだし、映画のラストではもうズタボロでわけのわからない格好になっている。やっぱりこの映画は体当たりアクションのスラップスティックコメディだ。
だけれど『グッド・タイム』は何だか全然笑えない。観客を冷静な場所にいさせないような仕掛けが意地悪く用意されているからだ。繰り返されるアップショットはゆらゆら揺れてイライラしてくるし、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーによる深刻な音楽は物事が最悪の事態に陥っているということを強烈に意識させる。じりじり悪い方へ悪い方へと追い詰められていくコニーと一緒に、僕らも追い詰められていく。
面白いのは、コニーが人たらしなところ。弟の扱いに怒って熱くなるくらいだから、犯罪者ではあるけれど根っからの悪い奴ではないのだ。そんなコニーを助ける人間が劇中、代わる代わる現れる。彼らも彼らで、自分の都合のためにコニーに付き合ってはいるのだけれど、みんなコニーに惚れていく。そんな彼らがコニーに捨てられる時もまた、絶妙に変な顔をしていて面白い。
変な表情の人たちがたくさん出てくる。みんなが自分の都合を持ち出すが、誰も、弟を救おうとするコニーの強引さには勝てはしない。熱い兄弟愛。僕はエンディングでやっと笑うことができた。
文:松㟢翔平
『グッド・タイム』はNetflixほか配信中
『グッド・タイム』
NYの最下層で生きる兄弟が銀行強盗に失敗。逃げる途中、知的障害の弟だけが捕まり、投獄されてしまう。愛する弟を救い出すため、兄は無謀な行為に走る。
制作年: | 2017 |
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監督: | |
出演: |