トラヴォルタ演じるオタクが映画スターをストーキング!
ホラー映画などのジャンル映画に目がなく、着ている服はわかる人にはわかるかもしれないけど、まったく知らない人からしたら「キモッ」の一言で済まされてしまうようなド派手な映画ネタのシャツ。わずかな稼ぎを映画グッズに注ぎ込み、部屋は数々の映画のポスターやグッズでわちゃわちゃ。……こんな人、周りにいませんか? もしくは「自分のことか?」と思いませんでしたか? 本作は、そんな熱狂的な映画ファンであるムースという男が主人公。演じるのは、なんとジョン・トラヴォルタ!
ムースは、ハリウッド在住のストリート・パフォーマー。いや、ストリート・パフォーマーとは名ばかりで、イギリス警察のコスプレをしてチャイニーズ・シアター前を闊歩し、観光客相手に道案内などをしながら日銭を稼いでいる。といっても、ストリート・パフォーマーで一旗あげたいとか、何かでかいチャンスを狙っているというわけでもなさそうで、おそらくハリウッドという夢の土地で暮らすためだけ。
このあたりの描写のさじ加減が実にうまく、「とにかく大好きなものに近距離」というムースの生き方が浮かび上がってくる。仕事が終わればホームシアターで大好きなホラー映画を観続け、映画グッズに囲まれた生活を送っている。生活の全てが映画中心。映画=ハリウッドにゾッコンなのだ。
ピュアすぎて泣ける……!? 憧れの映画スターに冷たくあしらわれたオタクが大暴走
ある日、ムースは行きつけの映画グッズショップで、贔屓の映画俳優ハンター・ダンバー(デヴォン・サワ)が本出版記念のサイン会開催するという、ビッグな情報を聞きつける。ハンター・ダンバーのすべての映画を観ているムースにとっては一大事。いてもたってもいられず、その場でハンター・ダンバーが映画で着ていたかなりダサいレザーベストをツケで購入し、さっそく着用してルンルンで帰宅。このシーン、愛用のスクーターで颯爽とハリウッドの街を駆け抜ける満面の笑みのムースがあまりにもピュアで眩しすぎて、なぜだかちょっと泣けてくる……。
そして、待ちに待ったハンター・ダンバーのサイン会。ムースの人生最高ともいえるひと時になるはずだったのに、どういうわけかムースの人生で最低最悪のひと時になってしまう。なんと、サイン会でムースの番が回ってきたと思ったら、ハンター・ダンバーはとつぜん退場。ムースが追っかけると、店の裏でハンター・ダンバーとその妻が何やら口論をしていて、空気を読めずに割って入ったムースに、ハンター・ダンバーはブチギレ。大好きな人に拒絶をされてしまった! それからというもの、ムースはハンター・ダンバーに執着しまくって大変厄介なことにつきまとってしまう……というお話だ。
まるでオタク版『ジョーカー』? 自閉症スペクトラムを抱える主人公の悲劇
というわけで、イタくて熱い映画ファンがガッツリ一線を越えてしまう姿を描いてゆくわけだが、実はムース、映画の中では一言も出てこないがあきらかに自閉症スペクトラムなのだ。
まずわかりやすいところでは、緊張すると落ち着きがなくなり、体を前後にゆする。耳たぶを触りその指の匂いを嗅ぐ、というチックもある。そしてなにより、他者の気持ちや状況を汲み取れず、うまくコミュニケーションがとれない。自閉症スペクトラムについて少しの知識があればわかることだけど、ムースは多くの場合「奇人」、もっというと「ヤバイ奴」として扱われてしまう。ハンター・ダンバーがちょっとでも自閉症スペクトラムのことを知っていれば、コトは大きくならずに済んだのに、と思ったけど、それじゃあ映画にならないか……。
では、いったいなぜわざわざムースを自閉症スペクトラムという設定にしたのか。監督はまだまだ周知されていない自閉症スペクトラムの現状を訴えたかったのか。正直題材が題材だけに、そのあたりの突っ込み具合は少々甘い気が……。
ムースを演じるジョン・トラヴォルタは、ムースというキャラに入り込みすぎて、撮影現場でカメラが回ってないところでもムースをキープし続けたとか。その熱量はスクリーンからもじゅうぶん伝わってくるし、トラボルタの芸達者ぶりをとことん堪能できる。
ところで、周囲の人間の理解が必要なのに足りていない状況で、スターに対して適切な距離感を失う大道芸人というところで、本作は『ジョーカー』(2019年)に影響されたのでは? と思う人もいるかもしれない。しかし、本作のクランクインは2018年3月で、『ジョーカー』が2018年9月なので影響はナシ。とはいえ、なぜ同時期にこうも似たような設定で「コミュニケーション」についての映画が作られたのかってことは、ちゃんと考えなくちゃいけないことなのだとは思うのだった。
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監督はリンプ・ビズキットのフレッド! バンドの音楽性からは想像できない落ち着いた演出力
本作の監督は、ラップメタル・バンドの大御所リンプ・ビズキットのヴォーカリストであるフレッド・ダースト。
この人、「もともとは映画監督になりたかった」とも公言している人で、リンプ・ビズキットのほとんどのMVを監督しているし、2007年にはジェシー・アイゼンバーグの青春もの『The Education of Charlie Banks(原題)』(日本未公開)で監督デビュー済み。そして、監督2作目がアメフト初の女性クオーターバックを描いた2008年の『奇跡のロングショット』(アイス・キューブがコーチ役でめちゃくちゃイイ)で、リンプ・ビズキットらしさのまったくない落ち着いた演出をしてみせ、本作が3本目の監督作となる。
ちなみに、フレッド・ダーストとジョン・トラヴォルタの出会いは、『ジョーカー』のホアキン・フェニックスとトラヴォルタが主演した若き消防士を描いた映画『炎のメモリアル』(2004年)公開時のパーティだったとか。そのとき、トラヴォルタに「いつかあなたと映画の仕事がしたい」と言っていて、15年ほどかかってその夢が実現! その執念深さはムース並みともいえなくない……。
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文:市川力夫
『ファナティック ハリウッドの狂愛者』は2020年9月4日(金)より公開
『ファナティック ハリウッドの狂愛者』
ハリウッド大通りでパフォーマーをしながら日銭を稼ぐムースは大の映画オタク。人気俳優ハンター・ダンバーの熱狂的なファンである彼は、いつかダンバーからサインをもらうことを夢見て、さえない毎日を送っていた。だが、念願かなって参加したサイン会で思いがけず冷たくあしらわれてしまったことから、ムースの愛情は次第に歪んでいく。ダンバーの豪邸を突き止め、何度となく接触を試みるも、気味悪がられて激しく拒絶をされてしまうムース。そしてエスカレートしていく行動は、やがて凄惨な悲劇へと発展していく……。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
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2020年9月4日(金)より公開