2019年アメリカの映画興行収入ベスト10に7作品を送り込んだ絶好調のディズニー。今年もその快進撃は続くものと思われていたが、新型コロナウイルスによって話題作が次々と先送りになってしまった。その中でも超目玉作品だった『ムーラン』が二度の公開延期の末、ようやく2020年9月4日(金)から見られるようになった。ただし、劇場ではなく動画配信サービス「Disney+(ディズニープラス)」でのオンライン公開で、料金も通常の月額料金とは別に29.99ドル(約3,200円)支払うというものである。
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アメリカでは4月に『トロールズ ミュージック☆パワー』というアニメーション映画が配信で先行公開(日本公開:2020年10月2日[金])され、19.99ドルという料金にもかかわらず3週間で100億円の売上をたたき出したという実績がある。『ムーラン』は『トロールズ~』より10ドルも高い料金設定だが、アメリカではボクシングのタイトルマッチを見るための特別料金システムなどに慣れており、『トロールズ~』を大きく上回る売上になるのは間違いないであろう。もちろん、日本での3,200円は映画に比べかなり高いという感覚になるが、親子4人で映画を見て、Blu-rayも買った(何度でも視聴可能)と思えばそれほどでもない、と割り切るしかない。
超大作! 実写版『ムーラン』
『ムーラン』のオリジナルとなるアニメーションがリリースされたのは1998年、いわゆる「ディズニー・ルネッサンス」言われている時代ではある。しかし、実はこの時期、『美女と野獣』(1991年)と『アラジン』(1992年)で大復活し、『ライオン・キング』(1994年)で頂点を極めたディズニーアニメーションが低迷期に入った時代なのである。
そのきっかけとなったのが、初のエスニックヒロインに挑戦した『ポカホンタス』(1995年)で、次いで中国人がヒロインとなった『ムーラン』は、北米興行収入はその年の15位となる120,620,254ドルと、ピークだった『ライオン・キング』(年間1位:295,691,076ドル)の半分以下という結果に終わっている。日本でもあまり話題にならず、記憶に残らない作品となったのだが、その『ムーラン』が実写化されたのである。それも2億ドル(220億円)とも言われる、「超」がつくほどの予算をかけた大作なのだが、それはなぜか?
ディズニーと中国市場
それは中国がディズニーにとって北米に次ぐマーケットになったからだ。ハリウッドにとって中国映画市場の比重が急速に高まったのは『アバター』以降である。2010年に公開されたこの作品は、それまでの記録であった『2012』(2009年)の4.7億人民元(75億円)を大幅に上回り、中国映画興行史上初となる10億人民元を突破。最終的に13.3億人民(212億円)を記録し、大いに注目を集めることとなった。そして中国票房(BOX OFFICE)が急拡大する中、ディズニーも2015年に『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』で10億元超えを達成(14.5億元=232億円)。2016年からは北米市場の30%超相当、日本の倍以上の興行収入を稼ぐ世界2位のマーケットとして中国が位置づけられるようになったのである。
<2016~2019年:日米中 主なディズニー作品興行収入比較:単位億円/1ドル110円、1人民元16円で計算>
中国市場における『ムーラン』の可能性
その中国市場に対し、自社コンテンツである『ムーラン』をぶつけるというのはディズニーにとって当然の流れであろう。ストーリーやキャラクターに関しては基本的にアニメーションで開発済みなので、オリジナルより制作も容易である。そうした経緯で誕生したのが今回の『ムーラン』だが、果たして中国で大ヒットする可能性はあるのか?
それについては「大いにある」と言えるのではないか。あまり知られていないが、『ムーラン』は中国人なら誰でも知っている国民的伝承で、過去に何度も映画/ドラマ化されている。最近では2009年にヴィッキー・チャオ主演で映画化され、2012年には全40話のドラマにもなった(日本でも田中芳樹の小説のテーマとして知られている)。
また、老病の父に代わり娘の木蘭が男装して従軍、異民族を打ち破り、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリーは、愛国映画が大ヒットしている中国において人々に訴えかける可能性は大きい。ヒーロー(ヒロイン)が大活躍するアクション映画を好む国民性とも合致しており、何よりもあのディズニーが大予算を投じて中国をテーマとした映画を作った事実に、中国国民のプライドは大いに満たされるはずだ。
さらには豪華なキャスト。共演のジェット・リーやドニー・イェンの知名度は国民的レベルで、さらに主役のリウ・イーフェイも日本ではあまり知られていないものの、実は中国のTwitter的存在であるWeiboで6,600万人(!)ものフォロワーを持つ超人気女優/歌手なのである。以上の要素を考えると、中国でのヒットの可能性はかなり高いと言えるのではないか。
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北米市場レベルになった中国
今の中国では、興収909億円となった『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』(2017年)や807億円を記録したアニメ『哪吒(ナーザ)之魔童降世』(2017年)のような50億人民元(800億円)を超える、ハリウッド並みの作品が現れはじめている。
うまくいけば、2億ドル(220億円)とも言われる『ムーラン』の制作費を中国だけで回収できる可能性があるのだろう。全ての要素が噛み合えば、北米市場でも未踏のBillion=10億ドル(1,100億円)も夢ではないかも知れない。10年ほど前にチャン・ツィイー主演で映画化という話があったが(キャンセルされた)、格段に大きくなった現在の中国市場での公開は結果的によかったと言えるだろう。
「今」を象徴する作品となった『ムーラン』
ところが物事はそう簡単に進むものではないということを思い知らされたのが、今回の新型コロナウイルスである。このウイルスに『ムーラン』は直撃され、中国での公開は現時点で目処が立っていない。さらに主演のリウ・イーフェイの出身地が、なんとあの武漢であるとのこと(現在は米国籍)。昨年8月に「香港警察を支持する」とWeiboに書き込んで香港の民主派から反感を受けたということもあったそうだが、現在はネットの書き込みも「武漢加油(がんばれ)」としかない。
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ディズニー・アニメーションに登場したエスニックヒロイン――ムーラン、ポカホンタス(ネイティブアメリカン)、ティアナ(アフリカン・アメリカン/『プリンセスと魔法のキス』)は、残念ながらその当時の大衆に受け入れられたとは言い難かった。結局、ディズニー・アニメーションは『ライオン・キング』以降の停滞期を、典型的な「金髪碧眼」の白人プリンセス『塔の上のラプンツェル』(2010年)で再復活を遂げ、『アナと雪の女王』(2013年)で大ブレイクするという流れをたどった。しかし、ここ数年ハリウッドでは人種の多様性が受け入れられるようになってきており、その意味で『ムーラン』が受け入れられる可能性は大いにあり得たはずなのに、皮肉にもコロナウイルスの影響をモロに受けることで「今年最大の話題作」となってしまった。
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ディズニー作品における「上がり」は、ディズニーランドのアトラクションになることである。果たして将来ディズニーランドに『ムーラン』が登場するのか? 実現するのは上海ディズニーランドだけかもしれないが、アジア時代の幕開けを告げる作品であるのは間違いない。
文:増田弘道
『ムーラン』は2020年9月4日(金)よりディズニープラスで配信(要プレミア アクセス)