待望のシリーズ最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2020年11月20日(金)公開予定)が待たれる中、「ポスターより愛をこめて」と題して全3回の特別企画をお贈りします。
第1回は、世界的大ヒットシリーズ誕生の裏で繰り広げられた(かもしれない)“英米ロゴ戦争”の行方を追ってみよう……!?
【007/ポスターより愛をこめて 第1回】どっちが本物?『007』ロゴ誕生の謎
「殺しの番号=007」をコードネームに持つ大英帝国の秘密諜報員、ジェームズ・ボンドが初めてスクリーンに登場したのは1962年10月だった。イギリスで最初に『007/ドクター・ノオ』が公開されたのだ。
栄えあるシリーズ第1作のポスターには「最初のジェームズ・ボンド映画!」、そして「イアン・フレミングのドクター・ノオ」とある。これは、イギリスでは1953年からすでに9冊も刊行されていたイアン・フレミングの小説によって「ジェームズ・ボンド」の名が知れ渡っていたこと、そして原作第1作「カジノロワイヤル」が1954年にアメリカCBSでテレビドラマ化されていたことに対応している。まさに“本家本元”“正真正銘”のボンドここにあり、と高らかに表明していたわけだ。
ミッチェル・フックスのイラストによるボンドは、当時32歳のショーン・コネリーよりもかなり“大人”に見える。ブラックスーツに蝶ネクタイ、右手にサイレンサー付拳銃、左手に煙草。背景にはいずれ劣らぬセクシー美女たちを従えるスタイルがすでに完成している。デザインはユナイテッド・アーティスツ(UA)社のクリエイティヴ・ディレクターだったデヴィッド・チャズマン。彼は、のちにUAやMGMの重役となり、プロデューサーとして『摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に』(1986年)などを世に出すのだが、ここで注目したいのが「ショーン・コネリー」の名の横にある『007』のロゴだ。赤い文字に黒い拳銃のシルエットが乗っている。
製作元のイオン・プロダクションが発行した豪華本「James Bond Movie Posters: The Official 007 Collection」によれば、このロゴデザインはジョセフ・カーロフによるとされている(さすがオフィシャル本。デザイナー、イラストレーター、ロゴデザイナーの名がちゃんと明記されるなんて、映画ポスターの世界ではかなり珍しい)。それはともかく、この『007』ロゴは、イギリス以外、われわれ世界中の『007』ファンにはあまりなじみがない。
『ドクター・ノオ』は大ヒットを記録し、翌1963年初めにはフランス、西ドイツ、スペインなどで公開され、それぞれのお国柄が出たポスターがヨーロッパ中にばらまかれた。スペインではなにやらホラー映画のような「00」ロゴが使われ、フランスには、まるでリゾートウエアの広告みたいなさわやかな印象のポスターまで登場した。
アメリカでの『ドクター・ノオ』公開はイギリスから半年以上遅れて1963年5月だった。この時のポスターに、ついにおなじみの『007』ロゴが登場する。「7」が銃床になっていて、銃身と引き金が右側につけられたスタイルだ。しかも、アメリカ版ワンシートポスターではタイトルよりも大きく扱われている。デザインはイギリス版と同じくデヴィッド・チャズマンなのだが、もしかするとイギリスではプロデューサーのアルバート・ブロッコリたちに主導権を握られていたアメリカ人のチャズマンが、「アメリカでは自由にやらせてもらうぞ」と『007』ロゴを大きくフィーチャーしたのかもしれない。
ここで気になるのは、イタリア版ポスターだ。いかにもイタリアらしいアクの強いイラストに「エージェント007 殺しのライセンス」と題されているのだが、書体は違う雰囲気ながら『007』の「7」が拳銃ロゴになっているではないか! イタリアでの公開はイギリスから2カ月遅れ&アメリカの4か月前だ。もしかするとデヴィッド・チャズマンがイタリア版を見て閃いたとも考えられる。
日本公開はアメリカの翌月だった。原題とは無関係に『007は殺しの番号』の題名がつけられ、まだ『007』ロゴは使われていない。タイトルが縦書きなのが昭和38年という時代を感じさせるが、「7」の一部を使ったような拳銃マークが原題にあしらわれているのが気になるところ。ただし、『007』じゃなくて敵の「ドクター・ノオ」につけちゃダメだろう。
ところで、日本では一般に『007』シリーズと呼ばれるようになるのだが、海外では「ジェームズ・ボンド」フィルムスまたは「ジェームズ・ボンド」シリーズが通称で、『007』シリーズと呼ばれることはほとんどない。ちなみに英語では「ゼロゼロ・セブン」ではなく「ダブル・オー・セブン」が普通だ。
この『007は殺しの番号』は1972年に再公開された際に、『007/ドクター・ノオ』と改題された。もちろん、デヴィッド・チャズマンお墨付きの『007』ロゴがひときわ大きくフィーチャーされている。
英米ロゴ戦争勃発!? ~007が危機一発!
シリーズ最高傑作とされる第2弾『007/ロシアより愛をこめて』(日本初公開時は『007/危機一発』)は、1963年10月、もちろん製作国イギリスで最初に公開された。公開前に登場した「ティーザー/アドバンス」ポスターは、ジョセフ・カーロフのデザインによる“ブリティッシュ”『007』ロゴに「ジェームズ・ボンド・イズ・バック」の文字だけという潔さ。しかし、これは、イギリス側からのデヴィッド・チャズマンへの挑戦状だったのかもしれない。
ボンドがソ連やスメルシュと血みどろの戦いを続けている間、ボンド映画ポスターの世界ではイギリス(製作者のブロッコリ&ハリー・サルツマン)とアメリカ(世界配給を担当するユナイテッド・アーティスツ社のクリエイティヴ・ディレクター)の間にスパイ戦さながらの見えない戦いが繰り広げられていたのかもしれない
イギリス版のメイン・ポスターのイラスト・デザインは、レナート・フラティーニとエリック・プルフォードに交代し、オフィシャル・ポスター本からもチャズマンの名前は消える。そしてもちろん『007』ロゴはカーロフ版だ。
一方、半年遅れで1964年5月に公開されたアメリカでは、洒落た宣伝コピーと写真がモンタージュされた、デヴィッド・チャズマンのクリエイティヴ・ディレクターぶりが存分に発揮されたよりモダンなポスターが展開される。ソウル・バスら有名デザイナーが映画ポスターに進出していたアメリカは、イラスト中心のヨーロッパ製ポスターよりもデザイン的には先に進んでいたようだ。当然、チャズマンは自慢の“アメリカン”『007』ロゴを全面的にフィーチャーする。特に特大3シートポスターには、「6900万007人のジェームズ・ボンド・ファンたちは熱血と興奮の世界に生きている!」と、なんだかわかったようなわからないような、どう見ても数字の最後に『007』ロゴをつけたかっただけとしか思えないコピーがでっかく掲げられた。
※ソウル・バスについてはこちらの記事を参照
ここで面白いのは、前作でいち早く『007』ロゴを使ったイタリア版が、なぜか今回はロゴなしになっていることだ。もしかして、イギリスとアメリカの板ばさみ状態になっていたのかもしれない(あるいは、イタリア特有のいい加減さか)。一方、フランコ政権下のスペインは相変わらずヘンテコなホラー風ロゴをタイトルに合体させつつも、イギリス版ロゴを採用。そして、フランスもイギリスの軍門にくだったか、堂々とブリティッシュ・ロゴを掲げたのだった。
アメリカより一足早く4月に公開された日本では、当時、日本ユナイト映画宣伝総支配人だった水野和夫(のちに晴郎)によって『007/危機一発』(一髪にあらず)と題され、「ジェームズ・ボンド007シリーズ㐧二弾」と正式に表明された。以降、シリーズはほとんどすべて『007/~』と呼ばれるようになる。ポスターは写真を巧妙にコラージュしながら『007』の文字型に抜くという手の込んだデザインが施され、さりげなくアメリカ版『007』ロゴも加えられていた。
ちなみに第1作同様、1972年の再公開時に『007/ロシアより愛をこめて』と改題されている。
007、アメリカ上陸&フランス制圧!?『ゴールドフィンガー』
第3作『007/ゴールドフィンガー』(1964年)でジェームズ・ボンドはついにアメリカに上陸する。そもそもイギリス情報部のスパイが同盟国であるアメリカへ出かけていくこともないと思うのだが、これは『007』が世界的ブロックバスター映画シリーズとなるべく世界一の映画市場を意識しないわけにはいかなかったということだろう。その後もボンドは『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971年)『007/死ぬのは奴らだ』(1973年)と連続してアメリカへ出張することになるのだが、それは置いておいて、因縁の“『007』英米ロゴ戦争”はここで大きな局面を見せる。
1964年9月のイギリス公開時に登場したのは、ロバート・ブラウンジョンがデザインした黒地にゴールド美女のまさにゴージャスなポスターだが、これはブラウンジョンが『ロシアより愛をこめて』に続いて担当した『ゴールドフィンガー』のタイトル・シークエンスと連動していた。
『007』のタイトルといえばモーリス・ビンダーが有名だが、実は、この第2、第3作がブラウンジョンの手によるものとはあまり知られていない。この交代劇は、ビンダーとプロデューサーたちの方向性が合わなかったためとされている。たしかに第1作のビンダーのタイトルはとりとめがないというか、少々コミカルなテイストで、のちの『007』イメージとはかなり異なっている。
その後、ビンダーは『007/サンダーボール作戦』(1965年)以降、『007/消されたライセンス』(1989年)まで14作品のタイトル・シークエンスを担当し続けるが、女性の肉体をモチーフに、波打つようなテキストが浮かび上がるエロティックでスタイリッシュな作風は、実はロバート・ブラウンジョンが築きあげたものを受け継いでいるといってもいいだろう。ちなみに、モーリス・ビンダーもブラウンジョンも、デヴィッド・チャズマン同様アメリカ東海岸の出身だ。
さて、そのブラウンジョンはイギリス版ポスターに『007』ロゴを使用しなかった。そして、チャズマンはアメリカでのポスター・キャンペーンをすべてブラウンジョンと共同で担当し、もちろんアメリカンな『007』ロゴを使用して展開した。
フランスでも変化があった。最初の2作を担当したボリス・グリッソンのラフで力強いイラストから、フランス最強のポスター・アーティスト、ジャン・マッシー(実はイタリア出身らしい)に交代し、よりモダンでソフィスティケートされた画風でニュー・ボンドのイメージを打ち出したのだ。さらに、そのフランス版ポスターにはアメリカンな『007』ロゴが(小さくだが)しっかり採用されていた。結局、ジョセフ・カーロフがデザインした“ブリティッシュ”『007』ロゴは、最初の2作のみで姿を消したのだ。
それでは連載第2回「美女を描かせたら宇宙一 ロバート・マッギネスの世界」でまたお会いしましょう。
文:セルジオ石熊
『007』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年8月ほか放送