ピアース・ブロスナンを5代目ジェームズ・ボンドに迎えた『007/ゴールデンアイ』(1995年)の大ヒットにより、勢いを取り戻した『007』シリーズ。「新時代の『007』」を前面に出した同作は、音楽も『ニキータ』(1990年)、『レオン』(1994年)の作曲家エリック・セラを起用し、モダンでスタイリッシュなサウンドを構築した。
▶ 主題歌はソウルの女王と世界的ロックミュージシャン “新時代の007”『007/ゴールデンアイ』
しかし彼の音楽は、伝統あるシリーズには少々型破りな印象もあったようで、一部シーンの音楽差し替えなどもあり、続編への登板の可能性はなくなってしまった。それでは次回作の音楽を誰に依頼するか? となった時、製作チーム(イオン・プロダクション)の目に留まったのが、英国出身の作曲家デヴィッド・アーノルドだった。
巨匠からも“お墨付き”をもらった作曲家デヴィッド・アーノルド
当時アーノルドはローランド・エメリッヒ監督作『スターゲイト』(1994年)と『インデペンデンス・デイ』(1996年)の壮大なオーケストラ音楽で注目を集めていたが、『007』シリーズへの参加の決め手となったのは、イギー・ポップ、パルプ、デヴィッド・マッカルモントらが歴代シリーズの主題歌をカヴァーしたトリビュート・アルバム「Shaken and Stirred: The David Arnold James Bond Project」の存在だった。
自他共に認める『007』ファンのアーノルドはアルバムのプロデュースを手掛け、溢れんばかりの『007』愛を注ぎ込むと同時に、優れた音楽センスも発揮。この仕事が高く評価され、長年シリーズの音楽を担当してきた巨匠ジョン・バリーからも“お墨付き”をもらう形で、『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)の音楽を任されることになった。
バリーを敬愛するアーノルドは、シンセサイザーを多用して“独自の『007』サウンド”にこだわったセラの音楽から一転、モンティ・ノーマンの「ジェームズ・ボンドのテーマ」を積極的に使い、ゴージャスなオーケストレーションが施された、バリーのスタイルに忠実な音楽に差し戻した。とはいえ音楽が懐古調になったわけではなく、ポップ・ミュージックにも造詣が深いアーノルドは、オーケストラにテクノの要素を取り入れたスコアを作曲し、シリーズのファンからも絶大な支持を得たのだった。
ちなみに『トゥモロー・ネバー・ダイ』のスコアでは、アーノルドがプロペラヘッズと合作した「Backseat Driver」の人気が高い。
『トゥモロー・ネバー・ダイ』から『慰めの報酬』まで5作品の音楽を担当
『トゥモロー・ネバー・ダイ』の成功で確かな手応えを掴んだアーノルドは、続く『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年)で「オーケストラ+テクノ」の路線をさらに推し進め、ボートチェイスやスキーアクションのシーンなどで、エレクトロニック・リズムを駆使したスコアを作曲。キャビア工場のシーンでは、チェーンソー攻撃やヘリの轟音に負けない爆音スコア「Caviar Factory」が炸裂する。
そしてハイテク兵器やガジェットが続々登場し、内容がより派手になった『007/ダイ・アナザー・デイ』(2002年)では、アーノルドのスコアもドラムンベースの要素がさらに強くなり、テクノ系『007』音楽の集大成的なサウンドに仕上がっている。こちらはオーケストラの演奏をデジタルに加工・編集した「Hovercraft Chase」や、カーアクションシーンの「Iced Inc.」と「Ice Palace Car Chase」などの楽曲が聴きどころだが、アーノルド自身はキューバのシーンの音楽に思い入れがあるようだ。
アーノルドはダニエル・クレイグが6代目ジェームズ・ボンドを襲名してからも、『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)と『007/慰めの報酬』(2008年)の音楽を担当。「シリーズの原点に戻る」という製作チームの意向と、硬派で荒削りなクレイグ版ボンドのキャラクターに合わせて、これまでのテクノ路線から、スパイアクションのスリルと深みのある人間ドラマを両立させた、大人な雰囲気のサウンドへと変化している。
またアーノルドは『トゥモロー・ネバー・ダイ』のエンディングテーマ「Surrender」と、『ワールド・イズ・ノット・イナフ』の主題歌「The World Is Not Enough」、『カジノ・ロワイヤル』の主題歌「You Know My Name」の作曲にも携わっており、これらの作品は劇中のスコアでも、先述のボーカル曲のメロディやフレーズが使われている。
文:森本康治
『007』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年6月ほか放送