意外と知らない? J・D・サリンジャーの半生
「ライ麦畑でつかまえて」といえば、世界中に多くのファンを持つ青春小説の超ロングセラーである。読破したかどうかは別として、多感な時期に手にとったという人は少なくないだろう。最近ではアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』でも大きくフィーチャーされたので、名前だけは聞いたことがあるという人もいるはずだ。
1951年の初版以来、村上春樹を含む訳者たちによって時代時代を反映した「ライ麦畑でつかまえて」が出版されてきた。癖のある文体と、主人公ホールデン・コールフィールドの少年ナイフっぷりから“中二病小説”と揶揄する向きもあるが、「ライ麦畑~」がアメリカ文学を代表する傑作であること、サリンジャーが20世紀を代表する小説家であることに疑いの余地はない。
ある編集者との出会いが転機に
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』は2013年に出版された評伝をベースに、サリンジャーの作家としての萌芽期から成功、そしてド田舎に引きこもるまでを描いた伝記映画だ。サリンジャーを演じるのは、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)でスキンヘッドのV8信者を熱演していたニコラス・ホルト。無名時代の彼に助言を与える編集者ウィット・バーネットを、ケヴィン・スペイシー(ご無沙汰してます!)が演じている。
ハタチになっても進路に迷っていたサリンジャーは、コロンビア大学の創作文芸コースに聴講生として通いはじめる。そこで文芸誌の編集者でもあるバーネット教授と出会い、口の減らないサリンジャーの性質を見抜いた彼のアドバイスによって、次第に才能を開花させていく。「己の“声”を物語にするべし」と説きつつも「作家の“声”が物語を圧倒してしまうと、作品が単なるエゴの表現になる」と諌めるバーネットの教えは、後のサリンジャー作品に通底する特徴となっている。
凄惨な戦場での経験からPTSDに
出版社に断られまくりながらも持ち込みを続け、1940年に短編「若者たち」をストーリー誌に発表したサリンジャーは、ウーナ・オニールという若い女性(当時16歳!)と出会う。臆面なく「才能が好き」と言い放つウーナには若干イラッとさせられるが、サリンジャーは彼女の美貌に首ったけ。自身を投影したキャラクター、ホールデンが初登場する「マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗」を書き上げたのもその頃だが、第二次世界大戦が勃発しニューヨーカー誌への掲載は棚上げとなってしまう。
徴兵されヨーロッパへと送られたサリンジャーは、多くの兵士と同じく戦地で精神をすり減らしていく。しかもその間にウーナが、なんとあの喜劇王チャールズ・チャップリンと超・歳の差結婚。十代の女性に手を出したセレブなオッサンへの怒りの大きさたるや、想像に難くない。なんとか戦地からは生きて帰るもPTSDに悩まされ、除隊後しばらくはペンを取ることすらできなかったサリンジャー。そんな彼を結果的に救ったのも、地道に書き続けてきたホールデンの物語だった。
やがて瞑想やヨガに傾倒しPTSDを克服したサリンジャーは、ついに「ライ麦畑でつかまえて」を完成させる。当時としてはかなり攻めた内容に困惑する出版人たちの心配をよそに、同著はベストセラーに。その結果「これは俺の物語だ!」と勘違いしたガチファンや、気鋭の作家と囃し立てるメディアに耐えかね、91歳で亡くなるまで人目を避けて隠遁生活を送ることになるのだが……。
サリンジャー作品を手に取るきっかけになる伝記映画
本作では他にも「フラニーとゾーイー」「バナナフィッシュにうってつけの日」など、サリンジャーの代表作の生まれた瞬間が描かれる。自著の一節をナレーションで挿入し心情を描写していく手法は、ファンならばグッとくるはずだ。本作を観てから彼の著作を時系列に読み返せば、また違った印象を得ることができるかもしれない。
80年代にはキョンキョンがラジオで「最近読んでいる」と発言し、90年代にはオザケンが雑誌か何かで「15歳までに読んだほうがいい」と言っていたが、当時の若者はそれを真に受けて「読んでおかなきゃ!」と本屋に走ったものである。しかし、現代の若者がサリンジャー作品を手に取るきっかけとしては、この『ライ麦畑の反逆児~』がうってつけなのではと思う。
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』は2019年1月18日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』
1939年の華やかなニューヨーク。作家を志す20歳のサリンジャーは編集者バーネットのアドバイスのもと短編を書き始め、その一方で劇作家ユージン・オニールの娘ウーナと恋に落ち、青春を謳歌していた。だが第二次世界大戦勃発とともに入隊し、戦争の最前線での地獄を経験することになる。終戦後、苦しみながら完成させた初長編小説「ライ麦畑でつかまえて」は発売と同時にベストセラーとなり、サリンジャーは一躍天才作家としてスターダムに押し上げられた。しかし彼は次第に世間の狂騒に背を向けるようになる…。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |