大人がもう一度恋をするために……
コロナ渦で混沌とした社会情勢が続く毎日だが、こんな時だからこそ恋だの愛だので心を満たしたいものである。とはいえ、気の向くままに恋愛を楽しんできた20代とは違い、世間体や安定も気にしがちな独身アラフォー/アラフィフ世代にとって、これからの“新しい恋”は少々ハードルが高いかもしれない。
マンネリ化した毎日を変えたい。もう一度恋をしたい。だけど、その一歩が踏み出せない。そもそも恋愛って、どうするんだっけ……? そんな悩みを抱えるすべての大人たちに観ていただきたい映画が『15年後のラブソング』だ。
全ては一通のメールからはじまった
物語の舞台は、イギリスの港町サンドクリフ。主人公のアニー(ローズ・バーン)はかつてロンドンで暮らしていたが、博物館の館長だった父の死をきっかけに帰郷。現在は博物館を継いでキュレーターとして働いている。安定した職に就き、パートナーのダンカン(クリス・オダウド)とは15年もの月日を共にしてきたが、結婚はせず、子どもを持たない選択をしている。ちょい(いや、かなり)モラハラ気味で、アニーを家政婦のように扱うダンカンは、90年代に突如姿を消した伝説のロック・シンガー、タッカー・クロウ(イーサン・ホーク)に夢中の日々だ。
ある日、タッカーの“幻のデモテープ”を聴いたアニーとダンカンは、「退屈」と評するアニーと「傑作」と断言するダンカンとで意見がすれ違い、大喧嘩になる。怒りに任せてダンカンが主宰するタッカーのファンサイトに酷評のレビューを投稿したアニーだったが、アメリカで暮らすタッカー本人から「君の意見が正しい。ファンサイトの連中はイカれてる」とメールが届く。それをキッカケにメールのやり取りをはじめた2人は、ダンカンの浮気騒動もあり、次第に惹かれ合うようになる。
惰性で続けてきた恋愛関係。人生を変えたいけれど、変える勇気が持てない、もうすぐ40歳になる。そんなアニーの平凡だった人生がタッカーとの出会いで動き出し、タッカーもまた、これまでの落ちぶれた人生を見つめ直し、リスタートを切ろうと奮闘する。大人の恋愛映画にして人生賛歌が、時にコミカルに時にビターに、約100分間テンポよく描かれていく。
熟しきったイーサン・ホークの魅力を堪能!
本作の魅力は、なんと言ってもイーサン・ホークだ。90年代に『リアリティ・バイツ』(1994年)で麗しきウィノナ・ライダーに遜色ない相手役を好演し、その後は『ビフォア』3部作(1995、2004、2013年)で世の女性たちを虜にしたあの色男イーサンがアラフィフになり、再び恋愛映画に挑戦していると言うだけでもファンにはたまらないだろう。
イーサンが演じるタッカーは、ダンカンをはじめとする一部のファンにカルト的に崇拝されている落ちぶれたロック・シンガー。これまで数々の女性と関係を持ち、そのうち4人の女性たちともうけた異母兄弟・姉妹の数は総勢5人。定職につかず、音楽からも離れて元妻の家に居候している堕落っぷりは目に余るが、「ダメ男×イーサン」の組み合わせはやはり格別。50代を目前に体型は崩れ白髪も増えたイーサンだが、母性をくすぐるバッドボーイな顔立ちは健在で、タッカーはまさにハマり役と言える。そして年齢を重ねたぶんの渋みが、彼の新たな魅力になっているのは間違いないだろう。
真面目な性格のアニーと堕落した人生を送るタッカーは真逆のようなキャラクターだが、アニーの平凡な人生を壊してくれる相手は、このくらい奔放で危うい魅力のある男でなければ面白くない。特にその魅力を実感できるのは、タッカーが15年ぶりに人前に立ち、名曲「ウォータールー・サンセット」を、アニーと息子・ジャクソンに向けて歌うシーン。甘い歌声と愛する人を見つめる優しい眼差しは魅力に溢れ、男性も女性も思わず虜になるはずだ。
大人の恋の結末とは?
本作では、一般的な恋愛映画のような分かりやすいハッピーエンドが用意されるわけではない。アニーとタッカーの関係は紛れもなく運命の恋と言えるが、人生の酸いも甘いも経験済みの2人は、あえてこの関係に明確な答えを出そうとしない。しかしながら、ラストシーンで2人が導き出す答え、2人から醸し出される特別な空気感は最高にロマンチックで、観る者を多幸感で包みこんでくれるだろう。
そしてラブストーリーではあるものの、ヒロインのアニーが恋愛に依存するわけでもなく、パートナーに人生を委ねるでもなく、最後まで自分の力で、自分の行動で、人生を変えようと奮起する自立した女性である点も、本作の大きな魅力である。思い描いた恋愛や人生が手に入らなかったとしても、人は何度でも何歳でもやり直せるのだということを訴えかける本作は、アフターコロナのこの時代に優しく寄り添ってくれるはずだ。
『15年後のラブソング』は2020年6月12日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開