スーダンの映画界の現状に衝撃! 老監督たちが映画館を再建
スハイブ・ガスメルバリ監督の『ようこそ、革命シネマへ』は、第69回ベルリン国際映画祭で私が一番好きだったドキュメンタリー映画だ。パノラマ部門で上映されたのだが、何の知識もなく、ただ老人とラクダが映っているスチル写真に惹かれて見に行って、スーダンの映画界の現状を知って衝撃を受けた。とはいえ、私が好きになったのは、そういう厳しい内容と相まって、映っているおじいさん(実はスーダンを代表する名高い映画監督たち)にものすごく味があり、のんびりした(ように見える)彼らの日常がものすごく魅力的だったからだ。
原題は『Talking about trees(木について語ること)』といい、劇作家ベルトルト・ブレヒトの言葉「What times are these, when to talk about trees is almost a crime. Because it implies silence about so many horrors(何という時代だろう、木について語るのがほとんど犯罪だなんて。なぜなら、あまりに多くの恐怖について沈黙を強いることになるから)」から取られている。
ガスメルバリは“木について語ること”を“映画”ととらえ、独裁政権下のスーダンでは映画について語ることは、ほとんど犯罪であると言う。事実、主人公の4人のおじいさんにとって映画を撮ることは犯罪だった。ある者は投獄され、ある者は亡命した。やがて彼らは祖国で再会し、スーダン映画集団というグループを組織して、映画館がなくなり、映画を見る機会を失った子供たちに映画を見る楽しさを教えようと、映画の巡回上映を開始する。その延長上に、この映画の中心に描かれた映画館の再建がある。
独裁政権さえなければ……祖国に映画文化を根付かせるための地道な活動
4人のおじいさんは、廃屋になっていた映画館に目をつけ、所有者を探して使用許可を得る。中を掃除し、壁を塗り直し、椅子を並べる。新しいスクリーンを買おうとヨーロッパの業者に電話をかけて交渉するが、値段を聞いてため息をつく。何でも自分たちでやってのける有能なおじいさんたちだが、とうていテキパキ動けない。“老体にむち打って”という表現があるが、その通り、何でもスローペースで休み休みだ。無理をして腰を痛め、仲間にマッサージしてもらいながら愚痴る場面は、「いるいる、こういうおじいさん」と、にんまりしてしまう。
そんなおじいさんのひとり、スレイマン・イブラヒムは1973年から1978年にかけてモスクワのVGIK(全ロシア国際映画大学)でドキュメンタリーを学んだ。VGIKはフランスのIDHEC(国立高等映画学校、現FEMIS)などと並ぶ世界最高の映画学校の1つで、ソ連邦および共産圏の優秀な人材は皆ここに集まった。映画の中でイブラヒムがVGIKに電話をかける場面がある。ロシア語を思い出しながら、とつとつと話している内容を聞いていると、どうやら卒業制作として撮った映画が保管されているかどうか問い合わせているのだが、ないことが分かってがっかりする。
学生時代の颯爽とした彼の姿がインサートされる。前途洋々たる映画エリートとして帰国した彼の目の前で、スーダンは石油の利権と宗教と民族問題が絡んだ内戦とクーデタを繰り返し、ついに1989年、オマル・アル=バシールによる独裁政権の誕生を迎える。
スーダン映画人の魂を見よ!“弱さ”は不屈であることで“強さ”になる
ドイツで映画を学んだイブラヒム・シャダッド、隣国エジプトで映画を学んだエルタイブ・マフディ、マナル・アルヒロにとっても状況は同じだった。バシール独裁政権下、投獄される危険をかいくぐって映画を作り続けた。映画中に引用される彼らの作品のシャープさ、瑞々しさにハッとする。もし独裁政権がなかったら、スーダンからどんなに素晴らしい映画が輩出したことだろう。スーダン・ヌーヴェル・ヴァーグが誕生していたに違いない。
けれども、彼らは過去を嘆いてはいない。もくもくと映画館再建の作業を続ける。それが表現の自由の場を求める彼らの静かな闘い方なのだ。監督のスハイブ・ガルメルバリは、インタビューで彼らのことを「不屈の“弱さ”の体現」と呼んでいる。いいなあ、不屈の弱さ。弱さは不屈であることで強さになる。それこそ、30年間独裁政権と闘ったスーダン映画人の“負けない”秘訣なのだ。私はこの4人のおじいさんから、ものすごく勇気をもらった。いま、勝てなくてもいい。負けさえしなければ、いつかは勝てるのだ。
文:齋藤敦子
『ようこそ、革命シネマへ』は2020年4月4日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
『ようこそ、革命シネマへ』
2015 年、スーダンの首都ハルツーム近郊。ここではたびたび停電が起こり、すでに何日も電気は復旧しないままだった。とある場所に集まっていたイブラヒム、スレイマン、マナル、エルタイブの4人は、暗闇に乗じて、映画撮影の真似事を始める。それは、アメリカ映画史に残る傑作『サンセット大通り』の名ラストシーンだった。
そろそろ 70 歳を迎えようとしている4人は、1960〜70 年代に海外で映画を学び、母国スーダンで映画作家として活躍していた45 年来の友人だ。1989年に映画製作集団「スーダン・フィルム・グループ」 を設立するが、同じ年、クーデターにより独裁政権が誕生し、表現の自由も奪われてしまう。ある者は亡命し、ある者は思想犯として収監されるなど、長らく離散していた4人だったが、母国に戻り再会を果たす。しかし、すでに映画産業は崩壊し、かつてあった映画館もなくなっていた。
郊外の村を訪れては、細々と巡回上映を続けていた4人だったが、長らく放置されていた屋外の大きな映画館の復活を目指して動き始める。「愛する映画を再びスーダンの人々のもとに取り戻したい」———4人は映画館主や機材会社と交渉し、“映画館が復活したらどんな映画を観たいか?”と街の老若男女にアンケート調査を取るなど、着々と準備を進めていくのだが……。
制作年: | 2019 |
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2020年4月4日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開