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1984年は映画界の奇跡!黒澤明のアナログ大作『乱』とVFX『グレムリン』が共存し、有楽町に映画館が続出

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ライター:#谷川建司
1984年は映画界の奇跡!黒澤明のアナログ大作『乱』とVFX『グレムリン』が共存し、有楽町に映画館が続出
『乱 4K Master Blu-ray BOX』価格:¥6,800+税 発売・販売元:株式会社KADOKAWA
『グレムリン』
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ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,800+税 ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント© 1984 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

3G決戦の年は映画界の転機だった!
【シネマ・タイムレス~時代を超えた名作/時代を作る新作~第3回】

連載第3回目は、2020年から36年前を遡り“1984年”という年にフォーカス。過去と未来の映画の在り方が共存し、交錯した不思議な年の実相を、谷川自身の個人的経験も含めてご紹介しよう。

G・オーウェルがディストピアとして描いた年に未来と過去が入れ替わった

英国の作家ジョージ・オーウェルがディストピア的未来像としての「1984年」を出版したのは1949年のことだが、いざその年になると世の中はまだまだアナログ的な昭和の時代の残滓が色濃く残っていた一方で、確実に“未来”を感じさせる映画的な出来事もあった。

9月に公開された『ライトスタッフ』(1983年)はアメリカ最初の有人宇宙飛行計画であるマーキュリー計画についての映画だったが、宇宙を描く映画というのはSF映画しかなかったこの時代に、初めて“宇宙を描きつつ人類の過去を描いた映画”として登場した。

筆者は1969年のアポロ11号月面着陸のテレビ中継に際して固唾をのんで見守った世代だが、それでもこの宇宙を舞台にした過去の物語という『ライトスタッフ』の立ち位置に、急に自分が未来の人間になったような感慨を持って映画館に観に行ったのをよく覚えている。

一方、8月に公開された『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984年)は、時代設定が明確ではない「いつかどこかの物語」だが、バイクを乗り回すギャング団の抗争を描く近未来風のロック映画。マイケル・パレやダイアン・レインの出世作として記憶されているが、それよりも後に1980~2010年代のアクション映画を牽引していくプロデューサーのローレンス・ゴードン(『ダイ・ハード』[1988年]『プレデター』[1987年]ほか)や、ジョエル・シルバー(『マトリックス』三部作[1999年~]ほか)、そして監督のウォルター・ヒルといった面々が、颯爽と表舞台に登場した作品として未来へと繋がっていく。

オーウェルの原作に基づいた映画『1984』もこの年に製作され、日本では翌年の公開となったが、古い世代の俳優としてのリチャード・バートンの遺作となった点で旧世代の映画とも言える。しかし、日本で史上初めてアンダー・ヘアがノーカットで上映された作品という、新世代映画の側面もあった。

有楽町マリオンのオープンとセルジオ・レオーネ畢生の大作!

惜しまれつつ1981年に閉館した旧・日本劇場や丸の内ピカデリーに代わって、新たに有楽町マリオンがオープンしたのもこの年の10月のこと。その中に新たに東宝系の日劇、日劇東宝、日劇プラザの3館、松竹系の丸の内ピカデリー1・2の2館、さらには3年後の1987年にはマリオン別館が建って東急系の丸の内ルーブルが生まれ、当時の日本最大の“プレミアムシネコン”として以後長く日本の映画興行界を牽引した。

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その日劇のこけら落とし興行作品として上映されたのは、巨匠セルジオ・レオーネ監督の代表作にして、遺作ともなってしまった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984年)だった。――もっとも、レオーネが“巨匠”というイメージを持たれることになったのはこの作品以降の話で、それまでの彼は『荒野の用心棒』(1964年)や『夕陽のガンマン』(1965年)などの監督だった。

マカロニ・ウエスタン(アメリカではスパゲッティ・ウエスタンと呼ばれている)というジャンル自体がアメリカの本格的西部劇のパチモン的イメージだったこともあってレオーネの評価は低く、また『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』自体も日本ではオリジナル全長版が公開されて高い評価を得たものの、アメリカではスタジオ側が勝手に編集した短縮版として公開され酷評された。

アメリカでレオーネが“巨匠”として認知されたのは、その死後、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』が完全版として改めて公開されてからのことだ。

黒澤明のライフワークとしての『乱』 撮影のクライマックス!

セルジオ・レオーネは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』で巨匠の仲間入りし、次回作執筆にとりかかっていた最中の1989年に亡くなった。といっても、1929年生まれだから亡くなった時の年齢はまだ60歳の若さだった。

一方、そのレオーネに『用心棒』(1961年)をパクられた、日本を代表する“世界のクロサワ”こと黒澤明監督は1910年生まれだから、1984年当時74歳だった。この年、黒澤は10年前の『デルス・ウザーラ』(1975年)以降、自身のライフワークとして取り組むことを模索し続けてきた『乱』(1985年)の撮影の真っ只中だった。

『デルス・ウザーラ』をアシストした日本の洋画配給会社=日本ヘラルド映画と、フランスのグリニッチ・フィルムによる日仏合作として製作開始された『乱』は、黒澤明監督最後の時代劇にして、米アカデミー賞でも4部門でノミネートされる(ワダ・エミが衣裳デザイン賞を受賞)など、海外では黒澤の代表作として広く認知されている。

そのクライマックスは、仲代達矢扮する主人公・一文字秀虎の居城三の城を、二人の息子・太郎孝虎(寺尾聰)と次郎正虎(根津甚八)の軍勢が攻め、火矢が放たれて城が炎上し、中から発狂した秀虎がふらふらと階段を下りてくる、というシーンだった。……この、燃やしてしまうための城(使用木材300トン。天守閣の高さは18メートル=6階建てビルに相当)を、黒澤組スタッフは4億円かけて御殿場の太郎坊に建設、絶対に撮り直しの利かない炎上シーンは1984年12月15日の土曜日、約500名のエキストラが投入されて撮影された。

『乱』©KADOKAWA1985

当日は午前10時過ぎからリハーサルが開始され、午後0時20分から一発勝負で撮影されたのだが、なぜそんなに詳しく知っているのかというと、実は、筆者は城に火矢を射掛ける太郎軍・次郎軍混成の弓の名手20名からなる「弓隊」の一人として、黒澤監督の指導の下、実際に火矢を放ったのでした。

弓隊としてエキストラ出演した筆者

『乱』の製作費を出したヘラルドの新入社員として、後学の為に撮影に参加してこい、という社命を受けてエキストラ参加し、たまたま弓を引けたので役が付いてしまったというのが真相だが、今日の映画撮影では絶対にありえない、燃やすだけのために4億円かけて城を作るという究極のアナログ的映画作りの、おそらくは最後にして最大のシーンの撮影に参加できたことは、今でも本当に良い経験をしたものだと思う。

弓隊としてエキストラ出演した筆者

黒澤の名声を決定づけた『羅生門』 そのセットを建てた馬場正男さんは今も健在!

ところで、黒澤明監督が一躍世界にその名を知られるきっかけとなったのは、ヴェネチア国際映画祭グランプリに輝いた『羅生門』(1950年)だが、その朽ち果てた羅生門のセットを建てた大映京都撮影所・大道具係の馬場正男(ばんばまさお)さんは今もご健在で、つい2年前にも瀬々敬久監督の『菊とギロチン』(2018年)で美術監修をされているから、そのキャリアの長さは驚くべきものだ。

2018年の夏に筆者が主宰する研究会のゲストとしてお招きして当時の話を伺ったところ、「ああいう潰れたもんをやるのは面白いですよ。まあ形のあるもんて、正確なもん造るのが一番簡単ですわ、間違いないですからね。だから“崩れ”というのは一番難しいです」と、つい昨日のことのように撮影の裏話をしてくれた。一番最初の撮影が雨の降るシーンで、雨漏りがひどくて撮影中止になったそうだが、フレームに入らない時には門の上に登ってシートを張ったりしての大変な撮影だったという。

『羅生門 デジタル完全版』
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発売・販売元:株式会社KADOKAWA

馬場さんは1927年生まれなので、御年93歳(※2020年3月時点)。間違いなく業界の最長老だが、現在、こうした日本映画界の黄金期に様々な立場で活躍された映画人への聞き取りによるオーラル・ヒストリー・アーカイヴス構築プロジェクトを進行中で、夏頃には「映画人インタビュー集」(撮影現場編/配給興行編)を森話社より刊行するのでお楽しみに!

VFXを駆使したブロックバスター映画時代の幕開けを告げた「3G」決戦!

最後のアナログ超大作と言える『乱』は、翌1985年5月31日に第一回東京国際映画祭のオープニングとして渋谷のNHKホールで上映され、翌日6月1日から前年オープンの有楽町マリオンの日劇東宝ほかにてロードショー公開された。

話を1984年に戻そう。『乱』が最後のアナログ超大作だとすれば、この年の暮れに公開された正月映画の3作品は、いずれもスペシャル・イフェクツ(当時の言い方はSFX。今はVFXと呼ばれる)を用いた大作で、メガヒットを記録していくブロックバスター作品のプロトタイプとなり、以後今日まで続くハリウッド新時代の先駆けとなった作品群だった。

その3作品というのは、原題のスペルがいずれも「G」で始まることから「3G決戦」と呼ばれたのだが、それが『ゴーストバスターズ』、『グレムリン』、そして東宝が9年振りに製作再開した『ゴジラ』だった。

『ゴーストバスターズ』は言わずと知れた幽霊退治屋の活躍を描くSFコメディで、2016年にリブート版が公開され、2020年にその続編『ゴーストバスターズ/アフターライフ』が公開ということで、若い世代の映画ファンにも馴染みがあるだろう。

『グレムリン』はスティーヴン・スピルバーグの<アンブリン・エンターテインメント>が製作したブラックコメディ的なSFだが、こちらもリブート版の製作が発表されたものの、いまだに実現はしていない。リブート版は別として、『ゴーストバスターズ』『グレムリン』ともに大ヒットして、続編(『ゴーストバスターズ2』[1989年]『グレムリン2/新・種・誕・生』』[1990年])が製作された。

この「3G」のうち、唯一の邦画だった東宝の『ゴジラ』は、第一作『ゴジラ』(1954年)に始まって次第に怪獣同士のプロレスごっこと揶揄されるお子様路線に変質していった昭和ゴジラ・シリーズをいったんチャラにして、第一作の製作された1954年から30年後に凶悪な怪獣ゴジラが再び現われたという設定にし、以後の平成ゴジラ・シリーズへと繋がっていった作品。

オープンしたばかりの有楽町マリオンをゴジラが破壊するシーンが話題となったが、面白いのはこれの米国公開版だ。1954年の初代『ゴジラ』は、新たにカナダ出身のハリウッドスター、レイモンド・バー扮する特派員スティーヴ・マーチンの登場シーンを追加撮影して編集、米国公開版『怪獣王ゴジラ』として公開されたのだが、1984年版でも再び米国版用にレイモンド・バーが同じ役で出演するシーンが追加撮影されているのだ。

そして、今では『ゴジラ』はハリウッド版も何本も製作されるなど、日本発のインターナショナルなコンテンツとして世界中の映画ファンに支持されているのはご承知の通りである。

文:谷川建司

『乱』『羅生門』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年3月放送

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