カンヌ国際映画祭とアカデミー賞を制した名作『男と女』
【ポスターは映画のパスポート 第4回】
クロード・ルルーシュの出世作/代表作にして、ライフワークとなった名作『男と女』(1966年)のふたり、ジャン=ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(アヌーク・エメ)が、またもや再会する新作『男と女 人生最良の日々』(2019年)が製作された。齢80を超えた2大名優が時を越えて53年後に同じ役を演じる“やすらぎの郷 in パリ”みたいな老人介護ラヴストーリーといえなくもないが、それだけではない。そこには、男と女の記憶と映画ファンの記憶が織りなすタペストリーのような映画の奇跡が詰まっている。
同じ俳優が年月を経て同じ役を演じる映画といえば、リチャード・リンクレイター監督が、イーサン・ホークとジュリー・デルピーのゆきずりの恋を描いた三部作『恋人までの距離(ディスタンス)』(1995年)『ビフォア・サンセット』(2004年)『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)があるが、時の経過はせいぜい10数年。半世紀以上にわたるジャン=ルイとアンヌの物語は、映画史上もっとも長いだけでなく、美しくロマンチックでどこか苦い、心にしみる愛の年代記だ。
そもそもルルーシュが『男と女』を思いついたきっかけは、前作が失敗に終わり気分が落ち込んでいたとき、気晴らしに車を飛ばして行った北フランス・ドーヴィルの海岸で、犬を散歩させている女性を偶然見たことだった。その海岸で再会する恋人たちを夢想し、そこから逆計算して、どちらも伴侶を失っていた“男と女”、レーサーの男(ジャン=ルイ)と映画の記録係(スクリプター)の女性(アンヌ)の過去と出会いの物語を練り上げ、フィルム撮影の極致のような美しい映像とフランシス・レイとピエール・バルーによるロマンティックな音楽で飾られた映画を創り上げたのだ。
そして映画は、第19回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を、第39回アカデミー賞で外国語映画賞と脚本賞を獲得。世界的大ヒットを記録し、流麗・華麗なルルーシュの作風は、女性ファンのみならず世界中の映像作家たちに大きな影響を与え、日本でも市川崑、斎藤耕一といったプロの映画監督たちに大いにマネされた。
メイキング・ドキュメンタリー(DVD特別版に収録)によると、低予算でスタッフは10人ほど、音がうるさい古いカメラしか使えなかったため、必然的に俳優から離れたところから望遠レンズで撮影することが多くなった。ボケの多いロマンチックな映像になったのはケガの功名だったのだ。車好きのルルーシュは、実際に叔父がレーサーだったジャン=ルイ・トランティニャンを主役に配役し、一緒にラリー・モンテカルロに参戦して撮影を行った。
『男と女』と同時代の自動車レース戦を描いた『フォードvsフェラーリ』
余談だが、ハリウッド大作『フォードvsフェラーリ』(2019年)は、1966年のル・マン24時間耐久レースで常勝軍団フェラーリに挑んだフォード・チームの戦いを描いていた(ヨーロッパでは『ル・マン ’66(LE MANS ‘66)』の題名で公開)。実は『男と女』は、その物語の一部でもある(もちろんフィクションだが)。
ジャン=ルイはフォードの専属ドライバーで、ル・マンで事故を起こして妻がショックで自殺してしまった過去がある。明確ではないが、1964年か1965年のレースに参加していたという設定だろう。『男と女』の中でフォードのル・マン用レースカーGT-40をテストする場面があるのだが、フォードはまさしくその車で1966年にル・マン初優勝を果たしたのだ。フォード一筋のジャン=ルイは、フォード自慢のスペシャルティ・カー、ムスタングで1966年のモンテカルロ・ラリーを走り終えたその足で、そのままアンヌのいるドーヴィルまでフランスを縦断する。同じ車をスティーヴ・マックィーンが『ブリット』(1968年)でぶっ飛ばして有名になるのは、その2年後だ。英語では「マスタング」だが、すでに映画ファンは『男と女』の「ムスタング」に慣れ親しんでいた。
さて、とにかくルルーシュは、夜通し走り続けて冬のドーヴィルの海岸へ駆けつけたジャン=ルイがムスタングのヘッドライトを点滅させ、気づいたアンヌと子供たちが駆け寄っていく名場面を創り上げる。そう、クラクションではダメなのだ。音楽を、そして観客の気持を妨げる音は不要だ。再会を喜ぶセリフも一切ない。映像と音楽だけで綴られた、映画史に残る360度回転ラヴシーンに続いて、犬を散歩させる老紳士らしき人影がインサートされる。犬は海辺を楽しそうに走り回っている。1匹なのに、なぜか恋でもしているかのように……。おそらく、それはルルーシュが最初に見た風景に近かったのだろう。冬の海岸、はしゃぐ犬、そして恋人たち。
“男と女”西部へ行く~『続・男と女』
『男と女』の世界的大ヒット以降、『パリのめぐり逢い』(1967年)『あの愛をふたたび』(1970年)など次々とヒット作を送り出したルルーシュは、1977年、ほぼ全編アメリカ・ロケによる『続・男と女』を撮る。原題は「もうひとりの男、もうひとつのチャンス」。
日本では“『男と女』のアメリカ版リメイク”として公開された。たしかに、伴侶を失くした男と女が出会う話ではあるのだが、舞台が19世紀のアメリカ西部。主演のカウボーイを演じたのは『ゴッドファーザー』(1972年)で売り出したジェームズ・カーンということで、あまりヒットしなかった。『男と女』のファンは西部劇やごつい体のアクション俳優にはあまり興味がなかったのだろう。コケティッシュなカナダ美人、ジュヌヴィエーヴ・ビジョルドは可愛かったけど……。
ルルーシュ自身は子供の頃から大の西部劇ファンだと発言している。また、事前に録音された音楽を流しながら撮影し、セリフはあとからアフレコするというルルーシュの撮影方式は、マカロニ・ウエスタンの巨匠セルジオ・レオーネと共通している。互いに、映画における映像と音楽の力を大いに信じていた映像作家同士なのである。
映画はアメリカの<ユナイテッド・アーティスツ>が世界配給し、東欧などでも公開された。『男と女』とはほぼ隔絶された世界観にあるチェコスロヴァキア版ポスターは興味深い。
20年後の“続編”は盛りだくさんの娯楽作~『男と女II』
フランス・アメリカ・ロシアを舞台にした第二次大戦大河ドラマ『愛と哀しみのボレロ』(1981年)で巨匠の仲間入りをしたルルーシュは、以降、重層的な物語を華麗な映像と編集テクニック、フランソワ・レイの美しい音楽でつづっていくスタイルを確立する。そして1986年に作られたのが『男と女II』だ。原題はずばり「男と女、20年後(英題:A MAN AND A WOMAN: TWENTY YEARS LATER)」。
ここでは、スクリプターから映画プロデューサーになったアンヌが、失敗作の埋め合わせに、ジャン=ルイとの出会いをミュージカル映画にするという大胆不敵な物語が描かれる。フォードではなく、ランチアのレース監督としてパリ=ダカール・ラリーに出場することになっているジャン=ルイは、アンヌから連絡を受けて、かつての愛の日々を思い出す。しかし、彼には若い恋人がいた。
砂漠での遭難に続いて、ミュージカル映画が急に実録ミステリーになってしまう驚天動地のストーリー展開は、前作のファンどころかすべての映画ファンの予想を飛び越えていく。二人の過去、現在、そして作られている映画が錯綜するメタ・フィクションのような超エンターテイメントだ(第1作のムードだけを期待したファンは呆然としただろうが)。アンヌの娘フランソワ(演じたのは当時のルルーシュの妻エヴリーヌ・ブイックス)がミュージカルの中でアンヌを演じ、ドーヴィルでの再会シーン(劇中ミュージカルの一部)には、なぜか馬が2頭登場する。
フランスのオリジナルポスターは、20年を隔てたふたりの写真を縦に並べて時の流れを強調していたが、日本版はラリーの写真を加えてアドベンチャー映画的イメージを出している。
そして53年後、映画と車さえあれば……『男と女 人生最良の日々』
そして、2019年に製作されたのが『男と女 人生最良の日々』だ。第1作から53年、第2作から33年の月日が流れている。記憶をほとんど失ったジャン=ルイを、アンヌが老人ホームに訪ねてくる。ジャン=ルイの息子アントワーヌや医師の頼みでふたりきりでドライヴに出かけると、ジャン=ルイは妄想なのか幻想なのか、パリの町を猛スピードで走り抜けた日のことを思い出す……。
この高速走行場面は、1976年にルルーシュが警察に捕まらないように早朝のパリで撮った『ランデヴー』という短編だ(2016年に『男と女』50周年を記念して日本でも上映された)。ルルーシュはカメラを車に取り付けて、猛スピードで凱旋門からモンマルトルまでぶっ飛ばした。それは、かつてあてもなくドーヴィルへ車を飛ばし、『男と女』のアイディアを得た時と同じ気持ちだったのかもしれない。ルルーシュは『ランデヴー』の映像に1966年のふたり、そして2019年のふたりをダブル・オーバーラップさせる。そして、ドーヴィルの海岸で見事なほど楽しそうにじゃれあう2匹の犬を見せてくれる。1匹の犬から、2頭の馬を経て、ようやく2匹の犬になったのだ。そして、ふたりが乗るのはムスタングではなく、シトロエン2CV(宮崎駿の愛車としても知られる)。スピードは出ないが、まあ、いいじゃないかと、ゆっくり渚のボードウォークを走っていく……。
ちなみに、ジャン=ルイの息子アントワーヌは、3作続けてアントワーヌ・シレが演じている(第2作『男と女Ⅱ』ではレースボートの設計者だった)。そして、第2作で女優だったはずのフランソワーズは第1作のスアド・アミドゥが復帰し、獣医になったという設定だ。これは『続・男と女』でジェームズ・カーンが演じていたのが獣医だったことからの繋がりだろうか。ちなみに、監督ルルーシュ本人は第2作のフランソワ―ズ役エヴリーヌ・ブイックスと離婚し、ジャン=ルイの恋人役だったマリー=ソフィー・Lと結婚、その後さらに離婚・再婚を続けている。なんというか、さすがフランス。恋の国である。
忘れていた。アンヌ役のアヌーク・エーメが、『男と女』のスタントマンの夫役でボサノヴァを歌っていたピエール・バルーと撮影直後に結婚するも、3年で離婚したのは有名な話。バルーはその後、日本人女性と再婚して東京に住んでいた(2016年に世を去ったが第3作にも昔の姿が少しだけ出てくる)。
フランス版ポスターはシンプルに昔に戻って年輪を感じさせるどころか、無邪気に若返ったかのようにも見えるジャン=ルイとアンヌのツーショット・バージョンと、第1作で最初に出会ったときと同じ赤いムスタングのオープンカーがモンマルトルの丘に止まっている象徴的なカットの物も作られた。日本版は『男と女II』のオリジナル版を踏襲してシックにまとめたデザイン。まさに“男と女III”と呼ぶしかない感慨深い仕上がりになっている。
「20年後」に『男と女II』を作ったルルーシュが、なぜ「40年後」に『男と女III』を撮らなかったのだろうと不思議に思う人もいるかもしれない。それにはひとつの答えがある。実は『男と女II』でアンヌがプロデュースした戦争ものらしき失敗作のタイトルが「40年後」だったのだ(おそらく第二次大戦から40年後という設定だとは思うが…)。
ま、それはともかく、『男と女』と『ランデヴー』のフッテージをふんだんに使い、2週間ほどの短期間の撮影で撮り上げられた『男と女 人生最良の日々』は、『男と女II』とはうってかわって第1作に近い、シンプルな小品になっている。もはや原題には「男と女」すらない。それでも、ルルーシュ映画を観れば見るほど、わかってくることがある。クロード・ルルーシュは、とにかく、女性と映画と車が好きでたまらないのだ。80歳を超えてなお、少年のように女性と映画と車を追いかけ続けるルルーシュ。20年後にも40年後にも、永遠に“男と女”と“車”の映画を創り続けるているような気がする。
文:セルジオ石熊
『男と女 人生最良の日々』は2020年1月31日(金)より公開中
『男と女 人生最良の日々』
とある海辺の施設で余生を送っている男ジャン・ルイ。かつてはレーシング・ドライバーとして、一世を風靡する注目を集める存在だった。ところが、いまでは徐々に過去の記憶を失い始め、状況は悪化するばかり。そんな父親の姿を心配したジャン・ルイの息子アントワーヌは、あることを決意する。それは、ジャン・ルイが長年追い求め、愛し続けてきた女性アンヌを探すことだった。
ある日、アンヌの居場所を突き止めたアントワーヌは、アンヌが経営するお店を訪れ、ジャン・ルイの近況を説明すると、「もう一度、父と会って欲しい」と申し出る。後日、アンヌはジャン・ルイのいる施設を訪れ、久しぶりの再会を果たす2人。
しかし、相手がアンヌだと気が付かないジャン・ルイは、アンヌへの思いを話し始めるのだった。
そこでいかに自分が愛されていたかを知ったアンヌは、ジャン・ルイを連れて思い出の地であるノルマンディーへと車を走らせる。長い空白を埋めるように、2人の物語が新たに始まろうとしていた……。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年1月31日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー