映画音楽界の至宝、川端康成の世界を描く
2020年1月、現代最高峰の映画音楽家と謳われるアレクサンドル・デスプラが来日し、ロームシアター京都と神奈川県立音楽堂で、自身初の書き下ろしオペラ「サイレンス」を上演した。
デスプラは作曲・指揮に加え、演出・映像を手掛けた夫人のソルレイと共に、台本も執筆。ロマン・ボクレー(バリトン)とジュディット・ファー(ソプラノ)の歌、ロラン・ストケールの語り、永田鉄男が撮影監督を務めた映像、雅楽の楽器編成を取り入れたアンサンブル・ルシリンの演奏で、川端康成の短編「無言」の世界を描いた舞台は、慎ましくも詩的な雰囲気に包まれていた。
筆者は1月25日に行われた神奈川県立音楽堂での公演を鑑賞したが、終演後のアフタートークでは、デスプラが少年時代に合気道を習っていたエピソードや、日本茶を愛飲していること、武満徹の音楽への思いなどを語っていて、彼の日本文化への愛情と造詣の深さに心を打たれる公演だった。
名だたる監督たちから引く手あまたの人気音楽家
90年代にフランスの映画音楽界で頭角を現したデスプラは、ジャック・オーディアール監督作『真夜中のピアニスト』(2005年)でベルリン国際映画祭銀熊賞とセザール賞を受賞(共に音楽賞)、『ペインテッド・ヴェール ある貴婦人の過ち』(2006年)でゴールデン・グローブ賞音楽賞した。
『クィーン』(2006年)、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)、『ファンタスティック Mr.FOX』(2009年)、『英国王のスピーチ』(2010年)、『アルゴ』(2012年)、『あなたを抱きしめる日まで』(2013年)、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)、『犬ヶ島』(2018年)でアカデミー賞作曲賞ノミネート、『グランド・ブタペスト・ホテル』(2014年)と『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)で同賞を受賞する栄誉に輝いた。第92回アカデミー賞では『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)でノミネートされている。
ジャック・オーディアールを筆頭に、ウェス・アンダーソン、ジョージ・クルーニー、スティーヴン・フリアーズ、ロマン・ポランスキー、ギレルモ・デル・トロなどの鬼才監督たちがデスプラを重用しており、現在多くの監督が「自分の映画の音楽をデスプラに担当してもらいたい」と考えているであろうことは想像に難くない。そして今回『若草物語』のスコア作曲をデスプラに依頼したグレタ・ガーウィグもまた、彼の音楽に魅せられた気鋭の監督の一人ということになる。
ガーウィグがサウンドトラックアルバムに寄せたライナーノーツによれば、彼女は『記憶の棘』(2004年)でデスプラの音楽の虜になったのだという。「サイレンス」終演後、筆者は幸運にもデスプラと会う機会に恵まれたが、彼の日本版サウンドトラックアルバムに何度か音楽解説を書いていることを説明したところ、彼自身も『記憶の棘』はお気に入りの作品のようだった。
1月23日にアンスティチュ・フランセ東京で行われたトークイベントの中で、デスプラはガーウィグから「モーツァルトとデヴィッド・ボウイの間のような音楽」を依頼されたというエピソードを披露していた。このような難しいリクエストを受けても、突飛な表現から相手の意向を理解し、見事な音楽を作り出してしまうのが、彼の天才たる所以と言っていいかもしれない。ガーウィグのリクエストからデスプラが導き出した“答え”を、『若草物語』のサウンドトラックアルバムで是非、確かめて頂きたいと思う。
ベッソン×デスプラの異色コラボが実現したSF超大作『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』
『ハリー・ポッターと死の秘宝 Part1/Part2』(2010年/2011年)や『GODZILLA ゴジラ』(2014年)など、大作映画の作曲も手掛けるデスプラは、『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』(2017年)でリュック・ベッソン監督と初コラボ。「メロディを多用した管弦楽的なスコア」というベッソンからのリクエストを受け、フランス国立管弦楽団の演奏による重厚なフルオーケストラ・スコアを作り上げた。
「パール人のテーマ」「ヴァレリアンのテーマ」のバリエーションを展開させつつ、アナログシンセ「MatrixBrute」も導入した多彩なサウンドで、”何でもアリ”のド派手な世界を盛り上げている。
本作はデスプラのスコアと、デヴィッド・ボウイの「スペイス・オディティ」やカーラ・デルヴィーニュの「アイ・フィール・エヴリシング」、ベッソンの姪アレクシアンの「ア・ミリオン・オン・マイ・ソウル」などの劇中歌を収録したサウンドトラックアルバムがリリースされているので、こちらも要チェックだ。
文:森本康治
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
19世紀、アメリカ、マサチューセッツ州ボストン。
マーチ家の四姉妹メグ、ジョー、ベス、エイミー。情熱家で、自分を曲げられないため周りとぶつかってばかりの次女ジョー(シアーシャ・ローナン)は、小説家を目指し、執筆に励む日々。自分とは正反対の控えめで美しい姉メグ(エマ・ワトソン)が大好きで、病弱な妹ベス(エリザ・スカレン)を我が子のように溺愛するが、オシャレにしか興味がない美人の妹エイミー(フローレンス・ピュー)とはケンカが絶えない。この個性豊かな姉妹の中で、ジョーは小説家としての成功を夢見ている。
ある日ジョーは、資産家のローレンス家の一人息子であるローリー(ティモシー・シャラメ)にダンス・パーティで出会う。ローリーの飾らない性格に、徐々に心惹かれていくジョー。しかしローリーからプロポーズされるも、結婚をして家に入ることで小説家になる夢が消えてしまうと信じるジョーは、「私は結婚できない。あなたはいつかきっと、もっと素敵な人と出会う」とローリーに告げる。
自分の選択でありながらも、心に一抹の寂しさを抱えながらジョーは小説家として自立するため、ニューヨークに渡る――。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年3月27日(金)より全国公開