ネタバレなし!全編ワンカットで描かれる超リアルな西部戦線を解説
『1917 命をかけた伝令』(2019年)は、第一次世界大戦の架空の局面を、全編をひとつながりの映像で見せる「ワンシーン・ワンカット」で描いた意欲作で、第77回ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ部門)と監督賞を受賞、第92回アカデミー賞では10部門にノミネートされ、様々の映画賞レースを席捲しています。
主人公は、攻撃中止命令を味方部隊に届けるため徒歩での敵勢力圏突破を命じられた2名のイギリス兵です。味方からも孤立した絶対の緊張下、次々と苦難が彼らを襲う……んですが、ネタバレになるのでその先の展開を書けないんですね。
けれども、そこで描かれる西部戦線(ドイツ軍と英仏連合軍が対峙したフランス戦線のこと)のビジュアルは、“第一次世界大戦映画”は『西部戦線異状なし』(1930年/ルイス・マイルストン監督)がマストでベストな筆者をも唸らせる、素晴らしいものでした。
そこで今回は、劇中では一切説明されない西部戦線の“風景”の、そのほんの一部を説明してみたいと思います。
屈曲した塹壕と“無人地帯”の真実
開幕早々、2名の兵士、スコフィールドとブレイクはくねくねと曲がりくねった塹壕内を延々と進みます。飛び込んできた砲爆弾が爆発した場合、その破片を曲がり角で食い止めるため、塹壕は屈曲させて作るのが原則なのです。
人の背丈程度に掘り下げた剥き出しの土壁、補強のために張られた丸太や木板、「これぞ塹壕」な絵ですが、これは英仏軍の陣地は、あくまで出撃待機陣地だったからです。なぜなら彼らの目的は、自国(フランス)領土を占領しているドイツ軍を攻撃して追い払うことだから。一方、なんとしても占領地にしがみつこうとするドイツ軍の陣地は、地下深く掘り下げ鉄骨やコンクリートなどでガッチリ固めた、絶対防御陣地でした。
任務のため塹壕から這い出した2名の前には、両陣営の塹壕陣地の中間地帯、通称「無人地帯」があります。無人地帯(ノーマンズ・ランド)と聞くと、牧歌的な「人のいない土地」のようですが、その実態は「誰も生き残ることができない、殺戮地帯」です。ここに歩兵部隊が進出したとたん、重機関銃と大砲から凄まじい銃砲撃を浴びて殲滅されてしまうので、こう呼ばれるようになったのです。そもそも、陣地前面に複雑緻密に構築された鉄条網地帯だけでも、生身の歩兵には致命的でした。
負傷者の収容も遺体の回収もできず、遺体は砲撃で何度も撒き散らされ、新鮮な遺体と千切れて腐った遺体がクレーター(砲爆弾孔)だらけの大地に散乱。そのため土壌は悪性細菌に汚染され、わずかな掠り傷でも致命傷となる危険がありました。当時はまだ抗生物質が発明されていなかったので、破傷風などの感染症にかかり、痙攣してのた打ち回った挙げ句に無数の将兵が命を落としているのです。
例えば、1916年7月に始まるソンム会戦のイギリス軍の損害は、初日だけで約6万名(!)です。本作の主人公である伝令兵のスコフィールドははこのソンム会戦の生き残りという設定ですが、このとんでもない犠牲者の数を知っていれば、彼の言動も理解できるのではないでしょうか。
ノーマンズ・ランドを越えて敵陣地を突破するための新兵器が、1916年9月に初登場した「戦車」なのですが、戦車だけでは何線も構築されたドイツ軍陣地帯を突破することはできませんでした。劇中でも、車体側面形状が平行四辺形の「菱形戦車」が擱座した状態でチラっと出てくるので、見逃さないように!
映画で確認してほしい! ドイツ軍の反斜面陣地
無人地帯を抜けたスコフィールドとブレイクは、ドイツ軍陣地前でひときわ巨大なクレーターに出くわします。
これはおそらく、敵陣地まで地下トンネルを掘って爆薬を仕掛け、敵兵もろとも陣地を吹き飛ばす「坑道戦」によってできたクレーターでしょう。坑道戦は両陣営ともに実行してますが、1916年にイギリス軍は25トン(!)の爆薬をドイツ軍陣地地下で爆発させ、その結果、直径約91m・深さ27mもの巨大なクレーターが生じています。このロッホナガー・クレーターは現在も残っていて、なかば観光地となっています。
さて、ドイツ軍陣地を抜けた2名は今度はドイツ砲兵陣地を目撃します。これが、ちゃんと反斜面陣地になっているんですね。反斜面陣地とは、丘陵部の(敵から見て)裏側を開削して構築した陣地のことです。敵に直接照準射撃されないこの反斜面陣地の砲兵は、味方から受け取ったデータをもとに敵を間接照準砲撃するわけです。え、分かりづらい!? 大丈夫、映画を観ればすぐに分かります!
『1917 命をかけた伝令』は、エンターテインメント作品です。ですから戦況は架空のものですし、映画的脚色もそこかしこに見られます。また、登場人物のメンタリティは現代の人間のものであることにも注意する必要があるでしょう。それでも西部戦線の有り様を ―イギリス兵目線ですが― 可能なかぎり再現しているのです。
文:大久保義信
『1917 命をかけた伝令』は2020年2月14日(金)より全国ロードショー
『1917 命をかけた伝令』
第一次世界大戦真っ只中の1917年のある朝、若きイギリス人兵士のスコフィールドとブレイクにひとつの重要な任務が命じられる。それは一触即発の最前線にいる1600人の味方に、明朝までに作戦中止の命令を届けること。
進行する先には罠が張り巡らされており、さらに1600人の中にはブレイクの兄も配属されていたのだ。戦場を駆け抜け、この伝令が間に合わなければ、兄を含めた味方兵士全員が命を落とし、イギリスは戦いに敗北することになる。
刻々とタイムリミットが迫る中、2人の危険かつ困難なミッションが始まる……。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年2月14日(金)より全国ロードショー