シド・ミード逝く ―
【アッチ(実写)もコッチ(アニメ)も】
『ブレードランナー』のプロダクションデザインを手掛けたビジュアル・フューチャリスト
2019年12月30日、インダストリアルデザイナーのシド・ミードが亡くなった。日本では同年4月から6月にかけて大規模な回顧展(日本での開催はなんと34年ぶり)が開かれ、氏の膨大な仕事が改めて注目を集めたばかりだった。
シド・ミードはさまざまな映画にデザイナーとしても参加しているが、代表作のひとつを挙げるなら、なんといっても『ブレードランナー』(1982年)になるだろう。リドリー・スコット監督は、1979年の画集「センチネル」を見て、その中の1枚である「雨に濡れたハイウェイを走る車列の情景」(CITY ON WHEELS)にインパクトを受けて、その起用を決めたという。
フォード退社後のミードさんの代表的な仕事の一つが、USスティールの企業カタログに提供したコンセプトアートです。シド・ミード展を機にそれら初期作品をポストカードブック「SYD MEAD 1969」として編集し、商品化しました。展覧会では早々に品切れでしたが、現在 #sydmead2020 ショップにて販売中! pic.twitter.com/Nc4sVqBtKN
— SYD MEAD 生誕90周年 (@progressionstyo) January 10, 2020
シド・ミードは当初、未来のカーデザインだけを手掛けるはずだったという。しかし「その製品を誰がどのように使っているのか」という形でビジョンを描いてきたシド・ミードは、本作でも車に加えその背景となる街の風景を描いた。そして、それが『ブレードランナー』のプロダクションデザインとして採用されることになった。
これは美術監督協会から職域を侵す行為として訴えられることにもなったのだが、その結果として生まれたのが「ビジュアル・フューチャリスト」という肩書だった。この肩書は、シド・ミードの仕事のあり方を象徴的に表す言葉として、やがて広く知られるようになる。
『∀ガンダム』の世界観のほうがシド・ミードが描く未来像に近かった?
興味深いのは、プロダクションデザインで大きな働きをしたものの、『ブレードランナー』で描かれた、酸性雨の降りしきる“未来のロサンゼルス”というディストピアの風景は、シド・ミード自身が自作で表現していた世界観とは正反対というほど異なっているという点だ。
シド・ミードのイラストレーションでは、技術と人間が調和した穏やかな世界が描かれている。先述の展覧会でも展示された「ペブルビーチ・トリプティック」(2000年)は、自動車ファインアート協会に招かれ制作された作品だが、クラシックカーから未来の車までが静かに並べられ、その間に立つ人々は肌もあらわな姿で描かれている。ここでは、ギリシア神話が語る調和と平和に満ちた“黄金時代”が、ひとつの“未来の風景”として描かれているのである。これは『ブレードランナー』のような悲観的未来像とは大きく違う。
こうして考えてみると、むしろ氏がモビルスーツ・デザインを担当した『∀ガンダム』(1999年)の世界観のほうが、ずっとシド・ミード的未来像に近いというふうに言えそうだ。もちろんシド・ミードは『∀ガンダム』の世界観デザインについては関与していない。そういう意味では、作品との関わり方と世界観の関係性を考えると、シド・ミードにとって『ブレードランナー』と『∀ガンダム』は極めて対照的なプロジェクトであったということもできるのではないだろうか。
もしシド・ミードが『∀ガンダム』でモビルスーツ以外のデザインも手掛けていたら……
『∀ガンダム』は、一度文明が崩壊した後に再生した地球が舞台である。その世界では「自然の生成物に見える超ハイテク」が世界を支えているという設定だ。たとえば建物の屋根が緑色なのは、太陽光発電を行う“芝”状の植物がそこに植えられているから。また、内燃機関の燃料として使われているのはフロッジストーンという“石”で、これは水素を吸着させる性質を持っており、内燃機関は石炭やガソリンではなく水素エンジンという設定になっている。このフロッジストーンは吸着した水素を使い尽くしたら、また水の中に入れてやってリサイクルして使えるのである。表面的な文明の水準は、1900年前後ごろのアメリカあたりを想起させるが、そうしたクラシックな雰囲気も含めて、ここにはひとつの調和した穏やかな未来像が描かれている。
https://www.youtube.com/watch?v=6VweEpJqnIU
こうやって記していると、もしシド・ミードが『∀ガンダム』にビジュアル・フューチャリストとして参加し、モビルスーツにとどまらず街の風景や乗り物などをデザインしていたら、果たしてどんな作品になっていただろうか? という想像が膨らんでくる。『∀ガンダム』ではさらに、月で長年暮らしているムーンレィスという人々も登場するから、こちらの未来世界も、果たしてどんなビジュアルになっただろうか。
『∀ガンダム』の持っていた神話的な雰囲気と、シド・ミードの描いてきた調和に満ちた世界は案外近いので、『ブレードランナー』とはまた異なる新たな未来世界が生み出されたのではないだろうか。
年の瀬に訃報を聞いて、そんな「IF」をついつい考えてしまった。
文:藤津亮太
『ブレードランナー ファイナル・カット』『ブレードランナー 2049』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年1~2月放送