偉大なる映画『ロッキー』の感動を継いで
四角いリングに放たれた男と男が、1対1で対決して拳と拳を激しく交わし合うボクシングという格闘技は、最もデンジャラスなスポーツとしての劇的強度から、しばしば映画の世界において格好の題材として取り上げられてきた。
勝者と敗者、栄光と屈辱、ルール以外の約束ごとは一切なし。いったい何が起こるか予測のつかない究極の戦いは、ときにボクサーの生死を分けるところまで行き着きかねない危険性を孕む一騎打ちだけに、実にドラマチックな興奮を見る者に与えてくれる。映画とボクシングは、その豊かなアクション性において、実にエモーショナルな〈動的〉相性がいいのである。
そうしたことから、僕はその双方のファンとして、1950年前後から映画とボクシングを追いかけてきたが、最初の出会いは忘れもしない、アメリカ映画『罠』(原題:The SET-UP/1949年/ロバート・ワイズ監督)という作品であった。そして最初のプロ・ボクシング体験はラジオを通してではあったのだが、これまた忘れ難い白井義男VSダド・マリノ世界戦(1952年)であったことから、それ以来、僕は外国映画とボクシングの追っかけチルドレンになってしまった。僕は戦後間もない復興途上のザラつくような東京の街を、無暗にほっつき歩くようになっていた。あの頃から70年弱、現在81歳の老人になってはいるが、映画熱もボクシング熱も一向に衰えていない。
前置きが長くなった。早速、本題の映画『クリード 炎の宿敵』に話を移そう。この作品は1977年4月日本公開のアメリカ映画『ロッキー』とその一連の『ロッキー2』(1979)、『ロッキー3』(1982)、『ロッキー4/炎の友情』(1986)、『ロッキー5/最後のドラマ』(1990)、『ロッキー・ザ・ファイナル』(2007)といったシリーズ作品から生まれた、言わばスピンオフ作品である。だがしかし、前作『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)も、この新作『クリード 炎の宿敵』も、ともに『ロッキー』シリーズの単なる派生的映画ではなく、構えも内容も大元に遜色のない格別の仕上がりを見せていて、われわれ観る者を大いに興奮させてくれるのである。
最新作『クリード 炎の宿敵』について
前作『クリード チャンプを継ぐ男』は、ロッキー(シルベスター・スタローン)がトレーナーとして、今は亡き盟友アポロ・クリード(カール・ウェザース)の息子アドニス(マイケル・B・ジョーダン)を鍛えに鍛え、全世界注目のタイトル戦で無敗の王者との闘いに送り出し、激闘を果たすまでの感動の人間ドラマだった。だが、今度は何とそのアドニスが、かつてのロシア(旧ソ連)の王者イワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)の息子ヴィクター(フロリアン・ムンテアヌ)の挑戦を受けるという物語に突進する。
ここで多くの映画ファンの方々には、しっかりと思い出してほしい。あのドラゴこそ、アドニスの父アポロをマットに沈め、死に至らしめたボクサーだったことを。言わばドラゴの息子とアポロの息子は、運命的に宿敵として位置づけられていたのだった。しかもドラゴは、かつてロッキーに敗れて祖国を追われ、極めて不遇な流浪の人生を歩まねばならなかった。年老いたドラゴは、息子ヴィクターと共に長い雌伏と試練の歳月を歩み、その果てにアドニスと対戦し勝利を掴んで再び世界に浮上して長年の無念・怨念を晴らそうとしていたのだった。思いも寄らない巨大な宿敵の登場。この挑戦を受けるべきか否か。苦慮しながらも日々、ロッキーとアドニスの過酷なトレーニングが続く。
かつてボクサーだったトレーナー、ロッキーとドラゴ。それぞれ頂点を目指す現役バリバリの若いボクサー、アドニスとヴィクター。この緊迫感に満ちた劇的VS〈ヴァーサス〉が、ラストの一大決戦まで実にドラマチックに突き進む。これこそボクシングの世界ならではの人間劇でしか味わうことのできない醍醐味だ。特に老ロッキーを訪ねてきた老ドラゴの姿を見て、一瞬感極まった。ドラゴはロッキーに言う。「お前のために俺はすべてを失った。国も尊敬も妻も……。お前の弟子をブチのめす」と。この場面で、ドラゴの耐え難かった不遇の苦渋と鬱積を教えられて、思わず不意に敗者の非情に感情移入を覚えた名場面だった。映画の優れた作劇法の熟練とは、この辺りを指して言うのだろう。流転変転する人間劇の魅力といったものを充分感じさせられた。
『ロッキー』の伝統を守った家族愛の感動
一方、ロッキーとアドニスの師弟愛、アドニスとビアンカの恋と結婚のストーリー・テリングも、充分に練り上げられていて、言わば人間同士の家族愛や友情が説得力を以って、ハードなトレーニング場面とボクシング・シーンとのミキシングで重層的に語られていることに感銘を受けた。これらは『ロッキー』第1作におけるロッキーとエイドリアンの愛を、スタローン以下の全製作スタッフが万感を込めて描いて立ち上げた映画的伝統を、この『クリード 炎の宿敵』が確たる表現で継承しているからに違いない。第1作の成功が、のちのシリーズ続行に極めて大きな推進力となって作用しているかを、改めて感じ入る。ここにはラブ・ストーリーが、友情が、家族愛が脈打っている。
特にアドニスとビアンカの愛と結婚、そして妊娠に至れば、当然のようにアドニスには「父親になる」という自覚が生まれ、やがて生まれてくる子を思えば、否応なく父・アポロと自分の身に置き換えてみることになるだろうし、ここにもドラマの重層性が感じられ、作品の奥行きを自ずと深く味わうことができる。
ボクシングを題材にしているだけに、勢い男性ファン向けのアクション・ドラマとして受け止められかねない作品ではあるが、迫力に満ちた動的場面と伴走する家族劇の魅力をさらに訴求して、出来得ることなら女性ファンの興行的増幅を図ることに努めて行きたいものだ。
ボクシング・ファンとして魅了された場面の数々
サンドバッグあるいはパンチング・ボールを叩くカッコ良さ。トレーナーのミットを追って実戦さながらに繰り出す激烈パンチ。街なかを突っ切る若者の全力疾走を追う移動撮影の美しさ。いずれもマイケル・B・ジョーダンの極限の身体能力に見とれ、息を詰めた。全篇、抑えた演技に徹したシルベスター・スタローンの表現力。演技することから自由になって、長いキャリアをナチュラルに感じさせる味わい深い老いの静けさ。数え挙げればキリがないが、さらにフィラデルフィアの街の情景、ボクシング・ジムの空気感。年老いたベテラン・トレーナーの控え目の存在感。四角い荒野と呼ばれるリングの中のパンチの応酬。激戦を劇的に盛り上げる編集の技量、カット繋ぎ。どれもこれも一級品だ。心奪われた。
50年代の始めに外国映画『罠』を見、『チャンピオン』(原題:Champion/1949年/マーク・ロブソン監督)を見てボクシングの虜になり、たまたま近所の魚屋一家が開いたボクシング・ジムに、毎日のように見学に通った。そんな日々がボクシング映画を観るたびに思い起こされる。懐かしい。やがて僕はそこで若いトレーナーに縄跳びを習い、シャドウ・ボクシングを教えて貰うことになった。好きなことがあれば、子供だって何処へも入り込める。
勝ち負けよりも、よく戦ったことに感動しよう。
アドニスは今、必死に学んでいる。成長の途上にある。ロッキーは彼を支えて、どんな状況、どんな場面を迎えても、思い悩みつつ温和にさりげなくリードする。そこに経験豊かな一人の優れた指導者を見出した思いさえする。さあ! スクリーンのリングサイドで映画『クリード 炎の宿敵』に秘められた感動の源泉を、思い思いに探しに行こう。
文:関根忠郎
『クリード 炎の宿敵』 2019年1月11日(金)より、全国ロードショー
【特集:俺たちのクリード】BANGER!!!執筆陣が全力で読み解く!アポロVS.ドラゴから、アドニスVS.ヴィクターへ。
クリード 炎の宿敵
『ロッキー4/炎の友情』でロシアの王者ドラゴとの壮絶なファイトの末、帰らぬ人となったアポロ。前作『クリード チャンプを継ぐ男』でロッキーのサポートを受け、成長した亡きアポロの息子・アドニスは、父を殺した男・ドラゴの息子であるヴィクターと対峙することになる。アポロVSドラゴから、アドニスVSヴィクターへ。時代を超えて魂のバトンが手渡される因縁の対決。世紀のタイトルマッチのゴングが、いま鳴り響く!
制作年: | 2018 |
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監督: | |
脚本: | |
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