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「クリスマス・キャロル」と『素晴らしき哉、人生!』からはじまるクリスマス映画の系譜
クリスマスには奇跡が起きる。少なくともそういうフィクションは様々に描かれてきた。クリスマスは「イエス・キリストの生まれた日」であるといわれているが、いつ頃からクリスマスと「奇跡」は結び付けられるようになったのだろうか。
専門的な調査は詳しい方に任せるとして、とりあえず今回は1843年に出版されたチャールズ・ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」から話を始めようと思う。もっとも有名なクリスマス・ストーリーといわれる本作は、クリスマスの前日、スクルージという金の亡者のもとに3人の幽霊が現れるという内容だ。この3人の幽霊はそれぞれ過去・現在・未来と紐付いていて、それぞれの時間の様子を見せられたスクルージはそれによって改心する。
興味深いのは、三番目の幽霊が見せる未来の風景は、スクルージの死んだ世界であるところだ。「クリスマス」と「自分が死んでいる世界」といえば、これまたクリスマス・ストーリーの定番映画『素晴らしき哉、人生!』(1946年)を想起せざるを得ない。
『素晴らしき哉、人生!』はフィリップ・ヴァン・ドーレン・スターンの短編小説「THE GREATEST GIFT」(1943年)に依るそうだけれど、おそらくこの短編そのものに「クリスマス・キャロル」の影響が感じられるし、映画はジョージ・ベイリー(演:ジェームズ・スチュワート)の過去から生い立ちをたどっていくよう脚色しているから、より「クリスマス・キャロル」に近づいている。そして(スクルージとは正反対の人物だが)ジョージ・ベイリーもまた、自殺を止めるという改心に至るのである。
しっかりクリスマス・ストーリーの系譜にある『グレムリン』
こうして「クリスマス・キャロル」と『素晴らしき哉、人生!』を繋いでみると、『グレムリン』(1984年)はこの2作を踏まえてクリスマスの物語を作っていることがわかる。ただし、そのままなぞるのではなく、いろんな要素をひっくり返しているのだが。
『グレムリン』の脇役に、不動産業を営むごうつくばりな老女ルビー・ディーグルというキャラクターがいる。彼女は間違いなくスクルージの“子孫”だが、逆転したクリスマス・ストーリー『グレムリン』においては改心することなくひどい目に合うことになる。また、ヒロインであるケイト・ベリンジャー(演じるのはフィービー・ケイツ!)の父は彼女が9歳の時に、サンタに化けて煙突から入ろうとして首の骨を折ったという設定になっている。
これは『素晴らしき哉、人生!』のジョージ・ベイリーが、クリスマスに背を向けて自殺しようとしていた(そして死ぬことを止める)という状況と正反対だ。こうして見ると、『グレムリン』はしっかりクリスマス・ストーリーの系譜の上にあるのだ。
西部劇『三人の名付親』から着想を得たクリスマス・ストーリー『東京ゴッドファーザーズ』
そして『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)である。こちらは西部劇『三人の名付親』(1948年)に着想を得た映画として知られている。『三人の名付親』は、西部のならずもの3人が赤ん坊を拾ってしまい、その赤ん坊をニュー・エルサレムの街へと届けようとする物語だ。この3人の男は、生まれたばかりのキリストのもとを訪れたという東方の三博士を踏まえて設定されており、もちろん映画の舞台となっている時期もクリスマスだ。
『東京ゴッドファーザーズ』はこの映画に着想を得て、クリスマスの日に赤ん坊を拾ってしまった3人のホームレス(自称元競輪選手のギンちゃん、元ゲイバーで働いていたハナちゃん、ワケありの家出少女ミユキ)の物語として作られている。そして作劇上/演出上意識されたのは「意味のある偶然の一致」、つまり奇跡的な出来事を連鎖させて物語を進めていくことだった。
こうして3人のホームレスは雪の東京の中を、それとは知らないまま奇跡的な出来事に助けられて、赤ん坊の親を探して移動していく。クライマックスでは、赤ん坊を奪って逃げようとする女と、それを追いかけていく3人の狂騒的ともいえるアクションが展開する。そして、こうした大騒ぎの果てに、奇跡としかいいようのない出来事が起きて、静かに新年の朝がやってくる。
クリスマスを舞台に「死と再生の祝祭」を異なる形で描いた2つの映画
瀬戸川猛資は「太古の祭り」(『夢想の研究―活字と映像の想像力』所収)の中でこんなことを書いている。
<わたしはかねがねこの映画に感嘆していた。なんというか、普通の映画の規格をはずれた“すごさ”を感じるのである。特にラストの三十分。このめちゃくちゃなフィナーレは、まったくすごい。演出とか演技とか映像とかいったものを超えた何かがある。
あれはいったい何なのだろう? とずっと不思議に思っていたのだが、(中略)あれはクリスマスの祖先たる太古の祭りの熱狂なのだ。時間と次元の混乱。クリスマス・プレゼントというとてつもない無償の贈り物。古い秩序の崩壊と新しい人生の誕生。『素晴らしき哉、人生!』は、死と再生の祝祭に捧げられた寓話なのである。>
最後に書かれている通り、これは『素晴らしき哉、人生!』について書かれた文章だ。だが『東京ゴッドファーザーズ』を見た方なら、この一文はほぼそのまま『東京ゴッドファーザーズ』にもあてはまるということがわかるだろう。そして、この「死と再生の祝祭」を子供っぽく、皮肉っぽく描けば『グレムリン』にも当てはまる。
『グレムリン』も『東京ゴッドファーザーズ』も一見そうは見えなくても、そんなクリスマス・ストーリーの仲間なのだ。というわけで2019年最後のこの原稿も、ハッピーホリデーではなく、あえて古風に締めくくりたいと思う。メリークリスマス!
文:藤津亮太
『グレムリン』はCS専門映画チャンネル ムービープラスで2019年12月、『東京ゴッドファーザーズ』は2020年2月放送