『タクシードライバー』(1976年)、『レイジング・ブル』(1980年)、『グッドフェローズ』(1990年)を例にあげるまでもなく、現役監督でマーティン・スコセッシほど映画史に影響を及ぼした巨匠はいないのではないだろうか。恐るべきは2013年の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を見ても分かるように、年を重ねても守りに入るどころか、ますます過激になっている点にある。
そして最新作『アイリッシュマン』は、彼の華麗なキャリアのなかでも最大の野心作と言えるかもしれない。ジャンルこそ『グッドフェローズ』や『カジノ』(1995年)の系譜にあるギャング映画だが、1億5000万ドルとも言われる巨額の制作費を投入。物語の大半を占めるフラッシュバックにおいて、ロバート・デ・ニーロをはじめとする主要キャストにVFXを駆使して若返りを図るばかりか、尺も3時間半と自己最長を記録。なによりNetflixオリジナル映画のため、主に家庭でストリーミング視聴されることになる。
異例だらけの本作を手がけた理由について尋ねると、スコセッシ監督はいつもの早口で答えてくれた。たったひとつの質問に対する、長く魅力的な返答を楽しんでもらいたい。
「CGは拒否した。ヘルメットやテニスボールをつけたジョー・ペシを演出なんてできないよ(笑)」
―どういうきっかけで、これほど野心的な作品が生まれたのでしょうか?
ボブ(ロバート・デ・ニーロ)と、もう一度映画を一緒に作りたいという気持ちがすべてのきっかけなんだ。我々がタッグを組んだ最後の映画が『カジノ』で、それ以来、一緒に仕事をしていなかった。だが、その間、お互いの待機作を確認しながら、タッグを組むことができる機会を探っていた。『カジノ』が公開されたのが1995年のことだから、ずいぶんと長い間、作品探しをしていたことになる(笑)。
―(笑)。
それからいくつかのことが起きた。まずは、脚本家のエリック・ロスが、(デ・ニーロ監督作)『グッド・シェパード』(2006年)の脚本を執筆しているときに、チャールズ・ブラント著の「I Heard You Paint Houses」をボブに渡したんだ。その後、ボブに主人公について教えもらったとき、とても強力な魅力を感じた。うまく言葉で説明できないんだが、リアルというか、嘘偽りのない実直なものが主人公には備わっていると感じた。そして、ボブならそのキャラクターを限界まで推し進めてくれるはずだと確信した。それでこの企画について話し始め、ようやくスティーブ・ザイリアンに脚本執筆を依頼することになった。これが2009年のことだ。
―そんなにも前のことだったんですね。
その通り。だが、それぞれには家族の予定やら他の義務があった。やるべきプロジェクトもあった。そのうち ― 確か2010年か2011年ことだったが ― ボブとジョー(・ペシ)とアル(・パチーノ)に、若いときの姿をどう演じてもらうかという懸念が生まれた。それ以前は特殊メイクでなんとかなると考えていた。だが、準備に時間をかけすぎたあまりに、特殊メイクでなんとかなるタイムリミットを過ぎてしまっていた。時間を巻き戻すことなんて誰にもできない。映画の大半で描かれる主人公たちの若い時期を、どうしたら描くことができるかという課題が生まれてしまったんだ。
―なるほど。
その後、『沈黙 -サイレンス-』(2016年)を台湾で撮影しているときに、パブロ(・ヘルマン:VFXスーパーバイザー)がデジタルキャラクターでの実現を提案してきた。だが、私は拒否した。「ヘルメットやテニスボールをつけたジョー・ペシを演出なんてできない」と(笑)。
―(笑)。
それに、そんなCGキャラクターになんて観客は共感できないと思った。まったく違ったテイストの映画になってしまう。だからデジタルを用いるにしても、もうすこし目立たない感じでできないかと相談した。それから10週間後、パブロが解決法を見つけたと言ってきた。彼が見せてくれたテスト映像はまだまだ荒削りだが、トライしてみる価値はあると判断した。それから試行錯誤を続けるうちに、技術的には実現可能なレベルに達してきた。すると今度は資金繰りの問題が出てきた。実はジョーとボブとアルの3人に、特殊メイクで若い頃の姿を演じてもらおうと思っていたときですら、ハリウッドのどの映画スタジオもこの企画への出資を拒んでいたから。
「通常なら適度な尺に収めなくてはいけないが、この作品にそんな義務は存在しない」
『沈黙 -サイレンス-』が終わったとき、どういうきっかけかは忘れたが、Netflixが興味を持っているという話をボブから聞かされた。私は真剣に悩んだ。キャラクターはとても魅力的で、脚本はまだ修正が必要だが、クランクインまでに仕上げることができると分かっていた。それにボブも私もすでに75才で、この映画を実現するために残された時間は長くない。それで思い切ってNetflixに相談したら、資金だけでなく、クリエイティブ面で完璧な自由を与えると約束してくれた。トレードオフは、完成作が主にストリーミングでしか配信されないことだ。映画館で上映されるのはほんの数週間しかない。
だが、必ずしも悪いことだとは考えなかったんだ。『アリスの恋』(1974年)のときは ― 確か39年ほど前のことだが ― アカデミー賞の出品資格を得るために、わずか1週間しか劇場上映されなかった。『キング・オブ・コメディ』(1983年)のときは、公開からわずか1週間で打ち切られてしまったほどだ。(※米アカデミー賞のノミネート選考対象となるには、米国内の特定地域で7日間以上劇場公開されている、などの条件がある。)
―えっ!
大晦日、ディナーに行くためにネクタイをしているときに、テレビで「エンターテインメント・トゥナイト」(※エンタメ情報番組)をやっていたんだ。今年の大コケ映画のランキングを発表していて、なんと1位が『キング・オブ・コメディ』だった(笑)。
―最悪ですね(笑)。
つまり、自分のキャリアにおいて劇場で4週間も上映されなかった映画はいくつもあるんだよ。今回はストリーミングが始まるまでの3、4週間は先行上映されるし、ストリーミングが始まっても一部の劇場では上映が続く。映画館に簡単に行くことができない世界中の人が、ストリーミングを通じて視聴できることも面白いと思った。
正直に言えば、クリエイティブ面での自由と引き替えに、作品がストリーミング向けになっても構わないと考えたわけだ。実際には、最高の経験をさせてもらった。映画作りにおいて、これほど自由にやらせてもらったことはないよ。本当に信じられない経験だった。
だからこそ自分たちをコントロールするように心がけた。伝えたい物語に集中し、必要以上に派手なこと、装飾的なことをやらないように意識したつもりだ。
同時に、ストリーミング向けだからこそ、新たな挑戦をしてみようと思った。通常の映画であれば2時間や2時間半に収めなくてはいけないが、この作品にそんな義務は存在しない。だから、ある場面を3分間引き延ばしてみたり、作品として最高の形を模索して完成したのが、この『アイリッシュマン』なんだ。
取材・文:小西未来
『アイリッシュマン』は2019年11月27日(水)よりNetflixで独占配信
『アイリッシュマン』
20世紀の名立たる悪人たちと関係していた元軍人の暗殺者フランク・シーラン。彼の視点から描かれるのは、今なお未解決とされる労働組合指導者ジミー・ホッファの失踪事件。巨大な組織犯罪と、その背後でうごめく権力争いや政権との繋がり…。第二次世界大戦後のアメリカの闇の歴史を、数十年にわたって紐解いていく。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2019年11月27日(水)よりNetflixで独占配信