事故か自殺か? 伝説のジャズマンの死の真相に迫る
ウエストコースト・ジャズを代表するトランペット奏者のひとり、チェット・ベイカーは1988年、窓から転落し58歳で亡くなった。『マイ・フーリッシュ・ハート』は、彼が亡くなるまでの数日間をいくつかの事実に基づいて表現したフィクション映画である。
監督のロルフ・ヴァン・アイクは本作が長編映画デビュー作だが、チェット・ベイカーについてのリサーチに3年を費やしたという。ちなみに、本作の主人公とも言えるチェット・ベイカーの死の真相を捜査するルーカス刑事は、監督の作り出した架空の人物だ。
チェット・ベイカーはキャリアの早い段階からドラッグ(ヘロイン)に溺れ、それが原因で引き起こした頻繁なトラブルは、ミュージシャンとしての活動に大きく暗い影を落とした。ただ、彼は素晴らしいトランペット奏者だったために周囲を魅了し、関わる人々を傷つけながらも完全に孤立無援の状態になることはなかった。
むしろ、それが結果的に彼の破滅につながっていったことが、この映画からはありありと伝わってくる。類まれな才能ゆえの苦悩や周囲との軋轢を描き、彼は結局のところ幸せを感じていなかったのではないかと考えさせられる。
才能に恵まれたがゆえの不徳と孤独を冷静かつ愛を持って描き出したフィクション劇
才能に恵まれた人間の不器用な生き方が周囲を振り回してしまう様子を、単純に美しい話として描くことは、昨今では通用しなくなってきているように思う。その“不器用さ”の犠牲になった人が存在するのならば、それを美談として持ち上げるのは違うのではないか? と多くの人が考えるようになってきたからだろう。そして私は、そのムードを肯定的に捉えている。
本作『マイ・フーリッシュ・ハート』でも、チェット・ベイカーに関わる人物の視線を通しての描写は、どこか冷ややかなニュアンスが混じっていて、それによって彼の孤立がいっそう物悲しく表現されているように感じた。しかし、監督のチェット・ベイカーへの愛ある眼差しも確かに存在していて、今なおジャズ愛好家たちの心に残り続ける彼の、その抗いがたい魅力の理由を知る手がかりになる映画のようにも思えた。
文:川辺素(ミツメ)
『マイ・フーリッシュ・ハート』は2019年11月8日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
『マイ・フーリッシュ・ハート』
1988年、アムステルダム。突如、謎の死を遂げた伝説的JAZZミュージシャン、チェット・ベイカーの知られざる“最期の日々”を辿る、<真実>の物語。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |
2019年11月8日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開