ゆうばり国際ファンタスティック映画祭やシッチェス映画祭、カナザワ映画祭など国内外の映画祭に招待され、熱狂的なファンを生み出してきた映画『歯まん』(2015年)が、満を持して劇場公開決定! 石井裕也、池松壮亮、塩田時敏、井口昇、山下敦弘など、日本映画界で大活躍する俳優、監督、評論家から絶賛された衝撃のラブストーリー『歯まん』について、監督の岡部哲也氏に語っていただいた。
「まさか22歳の時にボツになった企画を30歳になって撮るとは思わなかった(笑)」
―『歯まん』は、2013年3月に撮影し数々の映画祭を経て、2019年3月についに一般公開となり、11月6日にはDVDもリリースされます。長い歳月をこの作品と共に歩んでこられたわけですが、現在の心境をお聞かせください。
不思議ですね、自分の人生にこんなについてくるとは思わなかったです(笑)。まさか22歳の時にボツになった企画を30歳になって撮るとは思わなかったし、映画を撮っているときは、自主映画だったのでどうやったら劇場公開できるのか分からなかったし、映画祭に出して賞を獲ったらすぐに劇場公開できると思っていたので(実際そんなことはなかったんですけど)、撮ってからが長かったですね。出演者の小島祐輔さんが、舞台挨拶で「この映画は、いつも僕にサプライズをしてくれるんですよ。映画祭が決まった、賞を獲った、劇場公開が決まった」とお話されていましたが、僕も同じように感じています。まだこの先も何かあるんじゃないか、と(笑)。
―念願の劇場公開を迎えたとき、どんなお気持ちでしたか?
劇場公開まで長かったこともあり、感慨深かったですね。ようやく、映画祭以外でも一般の観客に観てもらえる。映画館のスタッフの方が、受付で「まもなく『歯まん』の上映が始まります」と案内していて、『歯まん』が浸透していくのが可笑しくて、思わず笑ってしまいました。DVDとBlu-rayも出してもらえることになって、さらに色んな人に観てもらえることになって嬉しいです。
「誰もが持っている普遍的な悩みを主人公の性器に置き換えて物語を作った」
―そんな『歯まん』は、どういったお話なのでしょうか。
コンプレックスを持った主人公を、モンスターとして表現しています。主人公がそのコンプレックスに悩んで、それを乗り越えていく物語です。
学生のころにティム・バートンの映画から影響を受けて、コンプレックスをモンスターとして描くファンタジーとして表現したいと思いました。もう一つ影響を受けたのが、HIVを治す薬を探す『マイ・フレンド・フォーエバー』(1995年)という映画です。そのころSEXに対する恐怖について常に考えていて、愛する人とSEXができない悲しみを描きたいと思いました。今、HIVは薬で発症を抑えられたりしますが、当時はHIVが発症すると死に至ると言われていたものだったので、とても恐怖を感じたんです。
―『歯まん』は、設定を聞くとホラー映画と思う方もいるかと思いますが、純愛ストーリーですよね。
僕が描きたかったのは、コンプレックスが原因で悩みを抱える少女の心情や行動。こういった題材のホラーやコメディ映画はあったと思いますが、モンスター目線で主人公の悩みを真摯に描いたものは少ないと思います。そこで、主人公が恋をするのだけれども自分の体質が原因で悩む話にしようと思い、“人を殺したいほど愛する”とか“殺されてもいいほど愛する”とか、映画でしか見たことがない愛情に憧れがあったので、愛をテーマに映画を撮りたいと思いました。
―そのモンスターである主人公の遥香は、どこにでもいそうな普通の女子高生で、彼女の学校や家での生活が丁寧に描かれていました。コンセプトを日常的なものに落とし込んだ意図を教えて下さい。
悩みやコンプレックスは、誰しもが抱えている普遍的なものですが、特異な体質を持っている主人公の気持ちを感じてもらえるように、特異な立場にあるキャラクターではなく、普通の女子高生にしました。そして、どこにでもいる女子高生に設定したことで、映画を観た後に出会ってSEXをする相手が“歯まん”の子かもしれないし、HIVかもしれないし、本気で愛を持って命懸けでSEXに臨んでほしいなというメッセージを込めています。
―遥香にあれだけ過酷な体験を課したのはなぜでしょうか?
とことん追い詰めようと思いました。普段の生活で嫌なことがあっても、映画を観たときに自分よりもつらい人がいたら、少し安心できるじゃないですか。SEXをしたら人を殺してしまうという悩みを持った子が、大変な目に遭いながらも乗り越えていく姿を見たら、少し希望が湧くんじゃないかなと思いました。
「若い人たちに愛やSEXについて考えてもらえるきっかけになる作品になれば」
―作品に寄せられたコメントで印象的だったものはありますか?
映画評論家の塩田時敏さんに一番初めにコメントを出していただきました。2015年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭のときです。コメントに書かれていた「愛することは傷つけること」というのは、映画のテーマとなっている部分なので、そこが伝わっていて嬉しかったです。上映時の舞台挨拶で、石井裕也監督が「愛というものはやんわり(相手を)殺していくもの。結局はそれは自分の人生に(他人を)引きずり込む。考えようによっては、その人の何かをゆっくり殺していくことなのかも」と仰っていました。本作のように瞬間的にSEXをしたときに殺すのか、じわじわと自分の方に引き寄せて殺すのか、愛は生命を生み出すと共に、死と隣り合わせなんだなあと改めて思いました。
―これからDVDやBlu-rayで『歯まん』をご覧になる方にメッセージをお願いします。
商業映画では『歯まん』のような作品は生まれてこないと思います。自主映画だからこそできた作品。主人公の遥香を演じた前枝野乃加さんが体を張って頑張ってくれましたし、少人数のスタッフですが精いっぱいちゃんとしたクオリティで作ってくれたので、とても感謝しています。現場は5~6人のスタッフでやっていましたから。この作品は、R-18(レンタルはR-15)ですが、若い人に愛やSEXについて考えてもらえるキッカケになる作品になることを願っています。
―今後の活動について教えて下さい。
2020年3月に開催予定の秋田「あきた十文字映画祭」に出品する短編映画『ミスりんご』を作っています。『歯まん』とはテイストの違うコメディです。今はバカバカしくて、楽しいコメディを撮りたいと思っていますが、今後はサスペンスやホラーも撮りたいですね。
『歯まん』
女子高生の遥香は、初めてのセックスの最中に恋人を殺してしまう。突然吹き出す血飛沫に呆然とするが、原因が自らの肉体の変化で恋人の局部が食いちぎられてしまうというものだった。家族、友人、誰にも言えない不安と孤独が日々遥香を蝕んで行く。そんな日々の中、遥香は一人の男性と出会う。言葉を交わしていく中で徐々に惹かれていく遥香だったが、思いも寄らない出来事が次々と遥香へ手を伸ばしていく‥‥。遥香は肉体にかかった呪いを乗り越えることができるのか。
制作年: | 2015 |
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監督: | |
出演: |
2019年3月2日(土)より公開