90万部を超える大ベストセラーとなった感動作を映画化!
精神科医として活動する傍、「三たびの海峡」や「守教」などの名作を手がけてきた帚木蓬生。そんな帚木が1995年に出版し、「感動のあまりむせび泣きました……」という書店のポップがキッカケとなって大ベストセラーを記録した小説「閉鎖病棟」が、笑福亭鶴瓶×綾野剛×小松菜奈という豪華キャストで映画化され、2019年11月1日に公開となった。
物語の舞台は、長野県にある精神科病院。ここに入院しているのは、妻と母親を殺めた罪で死刑となりながら死刑執行が失敗し生きながらえた秀丸(笑福亭鶴瓶)、サラリーマン時代にストレスから幻聴を発症したチュウさん(綾野剛)、そして義父から受けた虐待によって心に傷を負った女子高生の由紀(小松菜奈)だ。
それぞれ重い過去を背負った3人は病院で出会い、交流を深めながら互いにかけがえのない存在となっていく。しかし、由紀が巻き込まれたある凄惨な出来事をきっかけに、病院内で殺人事件が起こってしまった。その犯人は、秀丸。いったい彼の殺害動機は何だったのか……? 1秒たりとも目が離せない息を飲む骨太ストーリーが、約2時間に渡り繰り広げられて行く。
この現実を、あなたは受け入れられるか?
本作を端的に表現するとすれば、ひたすらに“暗く”、そして“重い”。物語が進むごとに3人のつらい過去が明らかにされ、精神科病院で暮らす他の患者たちの置かれた苦しい現実も浮き彫りになっていく。特に由紀に関する描写は、まともに見ていられないような痛々しいシーンが次々と映し出されるので、心のエネルギーが満タンな状態で見ない限り、観客も精神的にダメージを食らうはずだ。
義父からの耐え難い虐待や、それに続く受難。病院でも外の世界でも逃げ場のない由紀の生きる世界は、あまりに残酷だ。しかし平然と虐待を行う毒親や、若い少女が受ける性被害といった事例は、現実世界でも悲しきかな数多く起こっている。由紀という少女はフィクションの世界の住人だが、同じような境遇の女の子が日本中に存在している事実を知れば、間違いなく観客は打ちのめされるだろう。
暗闇から光へ ― 胸を打つ再生の物語
由紀に関する事件をきっかけに、秀丸やチュウさんの人生も大きく動き出していくのだが、本作の優れている点は、暗い闇に飲み込まれて終わるのではなく、傷ついても傷ついても、人は何度でも立ち上がる力があるという“希望”を最後に描いているところだ。つらく重く苦しい現実を、これでもか! と描き切った後に、人間の心の温かさや、人と人が支え合うことの尊さを訴え、「救い」を残すストーリー展開は涙なしでは観られない。
秀丸、チュウさん、由紀の3人は、病院でただ一緒に笑いあいながら、同じ時間を過ごす。一度、由紀が秀丸の過去を詮索しようとしたときに、チュウさんは「事情を抱えていない人間なんていないから」と優しく諭す。その言葉を聞いた由紀は、それぞれの過去ではなく、いま目の前にいるチュウさん、秀丸の姿を受け入れて、信頼関係を築いていく。
彼らが紡ぎ出す、この尊い“絆”こそが、本作における唯一の光だ。そして、作品のクライマックスでもある裁判のシーンで、傷つき、苦しんできた3人が、その光(絆)を道標に再生の道を選んでいく姿は、観客の心にたくさんの勇気を与えてくれるだろう。
賞レースに絡むこと間違いなし! 鶴瓶・綾野・小松の圧巻の演技
壮絶な人生を歩んできた秀丸、チュウさん、由紀を演じるのは、役者にとっても並々ならぬ覚悟が必要だったはずだ。お茶の間の顔となった国民的落語家・笑福亭鶴瓶、映画界からラブコールが絶えない綾野剛、若者から圧倒的な人気を誇るモデル/女優の小松菜奈という、異色キャストのコラボレーションとなった本作だが、これが三者の代表作になるのではないか? と思わせるほどの熱演で、見事に難しい役を演じ切っている。
特に、人間の心の中に潜む狂気と、大切な人を守ろうとする温かな心との、相反する二面性を演じてみせた鶴瓶は圧巻だ。本人は、映画を観た妻から「『お父さんじゃないわ』と言われた」と明かしているが、まさにその通り、お茶の間で見せる“愛されキャラの鶴瓶”を捨て去り、シビれるような憑依型の演技を披露している。そして、そんな鶴瓶に呼応するように、巧みで繊細な演技で魅せる綾野と、つらい役をタフに演じた小松の俳優としての素質の高さにもぜひ注目していただきたい。
本作が、精神科病院という特異な場所を舞台にした作品でありながらもどこか共感できるのは、痛みや苦しみ、優しさ、強さなど、人間の心の根本的な部分を描いているからだろう。たくさんの名場面、役者たちの名演技に支えられたこの珠玉の人間ドラマを通して、この秋“むせび泣く”ほどの感動を味わってみてはいかがだろうか。
『閉鎖病棟 ―それぞれの朝―』は2019年11月1日(金)より公開