1996年にペルーで起きた日本大使公邸占拠事件からヒントを得て、テロリストと人質の予期せぬ交流を描いた物語『ベル・カント とらわれのアリア』(2017年)が2019年11月15日(金)から公開となる。まだ記憶に新しい悲劇的な事件を描き、ジュリアン・ムーアら豪華キャストも話題の本作で実業家・ホソカワを演じた渡辺謙に、多言語飛び交う撮影現場の印象など話を聞いた。
「この映画は宿命。撮らないと僕は先に進めないと思った」
―数あるオファーの中で『ベル・カント とらわれのアリア』に出演を決めた理由は?
たまたま、この映画のモデルになった<在ペルー日本大使公邸占拠事件(1996年)>の事件の1週間前に、ペルーのリマでドキュメンタリーの撮影をしていました。帰国が1週間遅くて、そのままリマに残っていたら、日本大使公邸に招かれていた可能性がありました。事件の推移に関しても注視していた記憶が鮮明にありまして、オファーを頂いた際は“あの事件を映画化するのか”と、強い印象がありました。ただ、お話を頂いた時が9.11の直後だったということもあり、世の中がテロ事件というものをとても受け入れられる状況ではありませんでした。今、この時期にテロリストを題材にした映画に出演するのは芳しくないと思ったんです。
それで一度、この企画は後にしましょうという話になっていたのですが、ポール・ワイツという、以前映画(『ダレン・シャン』2009年)を一緒にやった方が手を挙げて「僕が監督をするから、ホソカワという役にトライしてくれないか」とオファーされました。もともと、この企画に対する興味は非常に強かったので、いい時期になったのかなと思いオファーを受けることにしたんです。この映画は宿命だと思って、撮らないと僕は先に進めないと感じました。
―原作が執筆されるきっかけとなった<ペルー日本大使公邸占拠事件>について、リサーチされたかと思いますが、改めて何か感じたことはありましたか?
映画の撮影前に資料も読みましたが、実際の事件は日本の大使館で日系人や日本人が多かったので、本作とは別と考えないといけない、と思いました。実際はもっと長く、もっと色んなことが起きていたと思うので、情報としては入れながら、どういったことが僕たちにできるのかを台本を読みながら探っていきました。
「善と悪には切り分けられない、人間の持っている豊かさと非情さが描かれている」
―本作で演じられたホソカワは、どういった役柄ですか?
ホソカワは企業戦士で、ビジネスライクな生き方をしている男であり、他人を許容できないようなタイプです。その人が唯一愛するものが音楽で、敬愛するオペラ歌手の歌を聴くためだけに南米某国に出向き、テロに遭ってしまいます。非常に閉鎖的で緊張感のある状況下で、他人への考えや想いが解けていくところが魅力的ですね。
―本作では副大統領邸占拠事件の中で、テロリストと人質が交流していく様子や、テロリストのバックグランドが丁寧に描かれています。
善と悪に切り分けられない、人それぞれの主張がありながら相互理解をしていくという物語の中で、人間の持っている豊かさと非情さが描かれています。
―英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、日本語など様々な言語が飛び交う撮影現場だったと思いますが、どのような雰囲気だったのでしょうか?
ユニバーサルな現場には慣れているつもりではあったのですが……。僕よりも加瀬(亮)の方が相当大変な思いをしたと思います(苦笑)。最初は、現場で意思の疎通を取るのに苦労しましたが、正にこの物語の時間の流れと同じような気がしたので、その状況も上手く活用していきました。
―言語の問題など、普段の現場にはない難しさがあったと思います。
“人質”と“拘束する側”という関係ながらも、時間をかけてコミュニケーションを取って心を通わせていくので、最後のつらいシーンを間近で見ないといけないところが、僕自身も本当につらかったです。試写で一緒に観た人たちは、かなりショックを受けていました。観客の人たちも、どんどん拘束する側に心を開いていくと思います。そこにいる人たちを愛おしく、仲間のように感じていたのに、なんでこんなショッキングな結末なのかと思いましたね。
―撮影現場の雰囲気はいかがだったでしょうか?
映画の題材からしても、緊張関係を緩ませてしまうとドラマの根幹が揺らいでしまうので、撮影を始めて数週間は緊迫感のある時間を過ごしました。ニューヨークで建物内の撮影を行って、メキシコで建物の外観や敷地外の撮影をしました。ニューヨークからメキシコに移動するまでに何日間かオフがあったので、久しぶりに共演者と再会したときは旧友にまた会えた、という温かい感じがありました。その頃には、みんな仲良しになっていたので。
「言語が違う者同士でも恋心を抱くと、言葉を超えて意思の疎通ができてしまう」
―同じく日本から撮影に参加した加瀬亮さんは、何ヶ国語も駆使する通訳を演じて奮闘されていましたが、頼りになる存在でしたか?
頼りになるというか、心から「頑張れよー!」という感じで応援していました。英語にもクイーンズイングリッシュ(イギリス英語)とアメリカンイングリッシュ(アメリカ英語)があるように、スペイン語もスペインと中米、南米で違います。わからないことがあれば近くにいる共演者に聞けばいいのですが、それぞれイントネーションが違うので、彼の中で頭が混乱することが多々あったと思います。
―ジュリアン・ムーアさんとの共演はいかがだったでしょうか?
長年のキャリアがある方なので、オンとオフがはっきりしていて、テンションを上げていくところを上手くバランスを取りながら演じられていました。実際お会いした印象は、ほぼ同世代なので“気のいいお姉ちゃん”という感じでしたね(笑)。
―ジュリアン・ムーアさん演じるオペラ歌手のロクサーヌとは、恋人関係になっていきますが、渡辺さん演じるホソカワは日本語しか話せず、通訳を介さないと会話ができませんでした。お互いの距離を縮めることに難しさを感じましたか?
言語が違う人同士が恋心を抱くと、言葉を超えます。こちらが日本語、向こうが英語を喋っても、意思の疎通ができてしまいます。ですから、あまりそのことについて違和感はなかったですね。
―最後に『ベル・カント とらわれのアリア』を楽しみに待っている皆さんに一言お願いします。
『ベル・カント とらわれのアリア』、非常に不思議な映画ができあがりました。人質事件をテーマにした映画ですが、恐らく一緒に囚われた感覚を味わって頂けるのではないかと思っています。その中で、ショッキングなエンディングが待っています。ぜひ、劇場でご覧ください。
『ベル・カント とらわれのアリア』は2019年11月15日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
『ベル・カント とらわれのアリア』
テロリストと人質 ― なぜ、正反対の立場の彼らが心を通わせたのか?
危機的状況で生まれた絆の行方を描く感動の人間ドラマ
制作年: | 2017 |
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監督: | |
出演: |
2019年11月15日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー