あまりにも濃い内容に嬉しい悲鳴!? キューブリック監督の大回顧展
1999年に70歳で世を去ったスタンリー・キューブリック。20世紀を代表する映画監督の回顧展「STANLEY KUBRICK: THE EXHIBITION」が、2019年9月半ばまでロンドンの<デザイン・ミュージアム>で開催されている(予定は9月15日までだったが、好評だったため9月17日まで延期)。これは見逃せないと、5月末、カンヌ映画祭が終わるや否や飛行機に乗り、ロンドンへ飛んだ。
驚いたのは、とにかく膨大な資料が展示されていること。約700点もの展示物の中には、メモ魔で知られたキューブリック自筆のメモ書きやノートをはじめ、カメラ、写真、スケッチ、撮影で使用された衣装、小道具、模型、ポスターの校正刷り、蔵書など、ありとあらゆるものが展示されている。
キューブリックが60年代終わりから長年映画化を試みながら、ついに果たされなかった幻の映画『ナポレオン』関連の資料だけでも膨大で、なんだか私が知らないだけで、この映画は存在したのではないかと錯覚しそうなほどだ。
雑誌「LOOK」のカメラマンとしてキャリアをスタートさせたキューブリックは、カメラへの造詣が深く、映画撮影用カメラ、レンズも多数展示されている。
そして、『2001年宇宙の旅』(1968年)で視覚効果賞を受賞した際のオスカー像も。意外なことに、キューブリックが受賞したオスカーは唯一これのみだ。今や映画史上1、2を競う傑作と評価されているが、当時は先鋭的過ぎたのか、そこまでの評価を得られていなかった。
アメリカ(NY)生まれのキューブリックは、カーク・ダグラス主演・製作の『スパルタカス』(1960年)が大ヒットしたにもかかわらず、ハリウッドのシステムに失望し、以降アメリカと距離を置いて『ロリータ』(1962年)の撮影で気に入ったロンドンに移住。飛行機嫌いで、移住後はほとんどの作品を、ロンドン近郊にセットを組んで撮影し、英国を出ることもほぼなかったと言われている。『2001年宇宙の旅』で壮大な宇宙を描いたキューブリックだが、彼にとって、地理的には小さな大都市ロンドンこそが宇宙だったのかもしれない。
書斎の再現から膨大な数の資料まで! 天才の脳内を覗ける展示構成
展示の構成としては、入り口を入るとまず、ロンドンの自宅の書斎が再現されており、さまざまな蔵書や、収集魔でメモ魔だったキューブリックが集めた資料の山々が並び、天才の頭の中を覗いているかのように感じられた。
その奥に愛用の編集機ステインベックや撮影機材、模型などが展示されており、展示の後半は、1957年の『突撃』(私が最も愛するキューブリック作品でもある)から、遺作となった1999年の『アイズ・ワイド・シャット』までの10作品の関連資料が、1作ずつ展示されている。そのほぼすべてが傑作と言っていいことに、改めて驚く。
面白いのは、各作品の展示が年代順ではないこと。1950年代の『突撃』『スパルタカス』から、一気に『フルメタル・ジャケット』(1987年)に飛ぶ。この3作は戦場を描いているためだろう。続いて『ロリータ』、『時計じかけのオレンジ』(1971年)、『アイズ・ワイド・シャット』、そして『シャイニング』(1980年)、『バリー・リンドン』(1975年)、『博士の異常な愛情」(1964年)と続く。
『シャイニング』の有名なタイプライターや斧が残っているのはまだしも、蝋燭の光で撮影された『バリー・リンドン』で使われた本物の蝋燭など、よく残っていたなー、と感心してしまった。
展示の〆はやっぱり『2001年宇宙の旅』! すべてが“過剰”なキューブリックの世界
そして最後は、映画史に残る『2001年宇宙の旅』のコーナーになる。いくつかはレプリカだが、あのモノリスやHAL9000を前にすると、やはり胸が躍る。
ここまで細部にわたるこだわりが実現したこと、そして、それらが散逸せず残っていたことは、ドキュメンタリー『キューブリックに魅せられた男』(2017年)や『キューブリックに愛された男』(2016年)を観ると、なるほどと思わされる。天才の過剰なこだわりを支えたのは、無名の人々の過剰な愛だったのだ。
このキューブリック展は、2019年9月17日(現地時間)まで開催。ロンドンに行く機会がある映画ファンには、ぜひおすすしたい。膨大な展示量のため、じっくり観るには4時間はあった方がいい。私は帰国日に行ったため、後半は駆け足になってしまい、もったいなかった。かなり人気で混雑時は入場制限もあるので、オンラインで予約する方が確実だ。ぜひ、過剰なキューブリックの世界を堪能してほしい。
文:石津文子