『ONE PIECE STAMPEDE』と『クイック&デッド』【実写(アッチ)もアニメ(コッチ)も】
2019年8月9日(金)から公開の劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』。アニメ化20周年にあたる今年は「海賊万博」という設定で、これまで登場した多数のキャラクターが一挙に登場し、さらにクライマックスでは海賊や海軍などの各所属を超えた“共闘”が見られるというスペシャルな作品だ。
個性的なキャラクター造形が圧巻! オールスター登場の『ONE PIECE STAMPEDE』
本編は冒頭からバトルの連続。ノンストップのままクライマックスまで一気に進んでいくその勢いは爽快で、夏の娯楽映画にはぴったりといえる。
『ワンピース』の魅力のひとつは、特徴的なシルエットで描かれた多彩なキャラクター。細部は緻密でも、遠目に見ればひと目で誰かわかるようにデザインされ、一部のキャラクターについては“悪魔の実”による特殊能力も加わってキャラクターの個性が形作られている。
このあたりの印象をざっくりと言葉でまとめると、『ワンピース』のキャラクターは「マンガっぽい」ということになる。元がマンガなんだから「マンガっぽい」というのも変な気がするが、「現実模倣的なスタイル」ではなく、絵だからこそ可能になった、ちょっと子供っぽく感じられるほどの明確さ、その戯画化された感じが、「マンガっぽい」ということなのだ。
「マンガっぽさ」ゆえのこの明快さは、キャラクターだけでなく、『ワンピース』のアクションの見せ方にも通底している。
漫画のコマ割りを実写で再現したかのような『クイック&デッド』
おもしろいことに、実写映画の監督でもこの「マンガっぽさ=戯画化」への感性を持った人がいる。たとえばサム・ライミ監督はそういう感覚の持ち主の一人だろうと思われる。
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以前、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989年)の高山文彦監督が、その映像表現を根拠に「サム・ライミはカートゥーンが好きに違いない」と話すのを聞いたことがあるのだが、言われてみると、確かに『ダークマン』(1990年)などにはその香りがはっきりある。しかも、おもしろいことにコミックが原作の『スパイダーマン』シリーズ(2002年~)よりも、今回取り上げる『クイック&デッド』(1995年)のほうが、ずっとマンガっぽかったりするのである。
『クイック&デッド』は、寂れた田舎町リデンプションで開かれる、早打ち大会が舞台。大会を主催するのは、悪党でありながらこの町の市長でもあるヘロッド。賞金目当てに一癖も二癖もありそうな男たちが町に集まってくる中、ひとりの女ガンマン・エレンが現れる。彼女は父の仇であるへロッドを狙いに、この町にやってきたのであった。
本作は、トーナメントに参加するガンマンたちがまずマンガっぽいキャラクター設定となっているのだが、それ以上に、戯画化の印象を与えるのは、その演出の呼吸だ。
たとえば、へロッドが首をつられた牧師コートの足元にある椅子を撃とうとするカット。拳銃の極端なクローズアップからカメラを横に振ってコートの顔のアップにつなぐ。そしてカメラはすぐに不安定なその足もとへと降りていく。なにを見せたいか笑ってしまうほど明確で、アップで即物的に見せていくことで戯画化の雰囲気が漂っている。
これは、若きレオナルド・ディカプリオ演じるキッドの、最初の決闘シーンも同様だ。素早いズームアップによる登場人物の表情や拳銃のショットをこれでもか、というぐらいにコテコテに繋いで緊迫感を盛り上げる。一歩間違えればギャグになりかねないテンションで、まさしく戯画化としかいえないノリで出来上がっているのだ。
そして、戯画化の最たるものがクライマックスの決闘シーンに出てくる、決着がついたことを伝えるカット。現実模倣的な画作りからは絶対出てこない、戯画化されたアイデアで勝敗の行方がビジュアライズされているのである。ここなどはマンガっぽいというか、かなりカートゥーンっぽい。
ハリウッド版『ワンピース』の監督にはサム・ライミを希望!
『ワンピース』はハリウッドでの実写ドラマ化が発表されている。誰が映像を作るのかは不明だが『クイック&デッド』のサム・ライミぐらい戯画化のセンスのある人にこそ『ワンピース』を手掛けてもらいたいものだと思う。
文:藤津亮太