【映画宣伝/プロデューサー原正人の伝説 第5回】
日本ヘラルド映画の伝説の宣伝部長として数多の作品を世に送り出すと共に、「宣伝」のみならず、映画プロデューサーとして日本を代表する巨匠たちの作品を世の中に送り出してきた映画界のレジェンド原正人(はらまさと)。――全12回の本連載では、その原への取材をベースに、洋画配給・邦画製作の最前線で60年活躍し続けた原の仕事の数々を、原自身の言葉を紹介しつつ、様々な作品のエピソードと共に紹介していく。原への取材および原稿としてまとめるのは、日本ヘラルド映画における原の後輩にあたる谷川建司。
ヘラルドの黄金期と言われる時期はいくつかある。とりわけ連載第1回で紹介した『エマニエル夫人』(1974年)に始まる一連の大ヒット作品の数々は洋画配給会社が世の中に大きな流行を作り出していくことができた、そんな時代のバイタリティを感じさせる。第5目の今回は、ハッタリを効かせた宣伝展開によって、作品そのものの実力をはるかに上回る大ヒットをものにしてしまったという、ヘラルドのゲリラ的宣伝手法の代表例をいくつかご紹介しよう。
買い付けた後で“やらせ”に気づいた!? モンド映画の傑作『グレートハンティング』
1970年代のヘラルドのスマッシュ・ヒット作品に、“残酷もの”のドキュメンタリー映画『グレートハンティング』(1975年)がある。これは、火災を起こしたビルの屋上から人が飛び降りるシーンのような、いわゆる“衝撃のシーン”を集めたキワモノ映画を50万ドルで買ってきたものだ。しかし、いまひとつインパクトのあるシーンがないため、何か付け加えるのに良い素材がないか? といろいろと捜したところ、イタリアの別会社のフィルムの中に“ライオンに人が喰われるシーン”があるという。それを買って繋ぎ合わせ、そのシーンを売りに大宣伝をかけたところ、丸の内東宝ほか東京・横浜地区11館だけで7.4億円(当時)の一興行チェーン新記録を打ち立てる大ヒットを記録してしまった、というケース。
しかし、この“ライオンに人が喰われるシーン”が実は“やらせ”だったことに、公開直前になって気づいてしまった。というのも、上映する劇場のロビーに飾る8枚組のカラー・スチールのセットを作製したところ、印刷を担当した印刷会社から「喰われる脚のカットをよく見ると、かすかに木の棒が映っている」と指摘があり、急遽8枚組からその1枚だけを回収して劇場に配布することにしたのだ。
もっとも、原正人自身は
「僕は個人的には知らなかったから、内心忸怩たる思いがあってね。知っていたらやらないと思う。あとからやらせの証拠が出てきたから、ビックリしてね。あのライオンに喰われる脚が、木の棒みたいのに靴下履かせていたんだよ。あれを知ったときにはギョッとしたもんね。そこまであざとくやった宣伝部だったっていうのも面白いけれど」
という。
「拡大解釈はアリだけどウソはダメ」映画興行界には“結果大作”という言葉がある
確かに、原宣伝の基本ポリシーというのは、その映画の特定の要素を抽出して拡大して売り込むことは必要だが、映画にないものをあることにして騙して売ることはダメだ、というものだったという。
「僕の時にみんなに言っていたのは、アンプリファイア(拡大)は許されるけど嘘はダメだってことだね、要するに。当時、ユナイトの宣伝部長が『荒野の七人』(1960年)のリバイバルをするときのポスターで、ブロンソンの口元に髭を生やさせたんですよ。その頃のブロンソンは髭が話題になっていたからなんだけど、髭の生えてない時代のブロンソンの映画に、髭を生やして広告やポスターを作ったっていうんでね、僕はそれを例にして、これはやっぱり良くないよ、と」
当時のユナイトの宣伝部長とは、後にテレビの「水曜ロードショー」で全国的に知られるようになる水野晴郎で、ほかにもテレビの映画解説者の中では淀川長治、筈見有弘が映画会社の宣伝部出身。そのうち筈見有弘はヘラルドのOBだった。
そして、1970年代を通してオンエアされた男性化粧品「マンダム」のテレビCMで、ブロンソンの口髭をはやした男くさいイメージが一世を風靡したことを受けての『荒野の七人』のリバイバルだったわけだ。
ともあれ、嘘をついて宣伝して、お客さんを騙してチケットを買わせたとしても、やっぱりお客さんとしては「金返せ!」という気持ちになるから、長い目で見れば会社としての信用を失ってしまう。その点、それほどの作品ではないけれども、様々な手法を駆使して“大作感”を醸し出させて、結果、作品の持つ力以上のヒットに繋げてしまうのは大いにありで、ヘラルドが最も得意としていたアプローチだった。
1977年のお正月映画は、老舗の東宝東和がディノ・デ・ラウレンティス製作の超大作『キングコング』で、ヘラルドは大勢のスターは出ているものの、やや小粒感のあるヨーロッパ映画『カサンドラ・クロス』。実力で言えば横綱と前頭くらいの差はあったのだが、ヘラルド宣伝部はジャーナリストや映画評論家、興行関係者など総勢100名ほどをヨーロッパでの完成披露試写会に連れて行くことで本気度を示してみせた。
つまり、接待旅行に連れて行ってもらった人たちをみな『カサンドラ・クロス』応援団にしてしまおう、という作戦で、なんとなく世間に「お正月映画は東和の『キングコング』とヘラルドの『カサンドラ・クロス』との頂上決戦」というムードを作ってしまったのだ。
映画興行界には“結果大作”という言葉があって、劇場主側が「こんな映画(しゃしん)で本当にお客さんが詰めかけてくれるんだろうか」と半信半疑だった作品でも、醸成された“大作感”ムードによってお客さんがある意味騙されてきてくれると、結果的には“大作”と同じ力を発揮したことになる、という考え方だ。
『ゴッドファーザー』の二番煎じをどう売るか? まさかの自己暗示とハッタリで大ヒットに
それから、ハッタリといえば髭のないチャールズ・ブロンソンの代表作『バラキ』を挙げることができる。1972年12月公開の『バラキ』は、フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー』公開の5ヶ月後に公開された。社会現象にまでなった『ゴッドファーザー』のブームにより、イタリアで生まれてアメリカで勢力を拡大してきた“マフィア”という存在に俄かに注目が集まっていた中での“二番煎じ”そのものの作品だった。
しかし、原正人は
「この映画は事実に基づいたドキュメントなんだということを徹底して売った。『ゴッドファーザー』のあとにピッタリつけながら、一方では『ゴッドファーザー』とまったく違う意味がある、魅力があるということを打ち出した」
という。まあ、自己暗示をかけて自信たっぷりに売り込むほうが、売る相手も何だかそんな気がしてきてしまうものだ。
そして、大胆にも「『ゴッドファーザー』は『バラキ』の予告編だった」というキャッチコピーで勝負に出たところ、ロードショー公開の日比谷映画、その後の新宿プラザ、丸の内東宝など都内4館だけで3.4億円(当時)、全国で6.7億円(当時)の配給収入をあげ、1973年度の洋画配給収入第4位と、まさしく大ホームランの成績をはじき出したのだった。これこそまさしくアンプリファイア(拡大)の実践そのもの。しかも、ポスターのブロンソンの口元に髭を付けるなんて姑息な手段もとっていない。
……ハッタリをかましてでも、売り込む側が自己暗示をかけてそのハッタリと作品の持つ潜在力を信じていれば、道は拓かれるのだ。
文:谷川建司
第5回:終
日本ヘラルド映画の仕事 伝説の宣伝術と宣材デザイン
『エマニエル夫人』『地獄の黙示録』『小さな恋のメロディ』など、日本ヘラルド映画が送り出した錚々たる作品の宣伝手法、当時のポスタービジュアルなどを余すところなく紹介する完全保存版の1冊。
著・谷川建司 監修・原正人/パイ インターナショナル刊