いったい何が“継承”されるのか!?
「2018年ホラー映画の最高峰」という呼び声が聞こえ、さっそく映画館へ駆け込んだ。ホラー映画愛好家の筆者もこの映画には異様な空気を感じ、楽しみと恐怖が入り混じる久しぶりの期待感を持っていた。
ホラーを観慣れた私でも観る前から恐怖を感じるのには訳がある。最近ヒットを飛ばした『クワイエット・プレイス』(2018)や『死霊館のシスター』(2018)は<何を怖がるべきなのか>がしっかりと認識できていたのだが、『ヘレディタリー/継承』にはその恐怖の対象が一向に見えていなかった。タイトルの通り“継承”されるのだろうが、一体何が? その疑問をクリアにしたい一心で劇場が闇に閉ざされるのを待った。
物語の大筋はこうだ。グラハム家の祖母エレンが亡くなり、映画は葬儀から始まる。エレンは認知症にもなっており、晩年は特に気難しく家族の間柄もどこか冷え切っていた。主人公となるのはエレンの娘アニー(トニ・コレット)。葬儀を終えた彼女は、夫スティーブン(ガブリエル・バーン)、息子ピーター(アレックス・ウォルフ)、そして娘のチャーリー(ミリー・シャピロ)と平穏な生活を取り戻しそうと努力していた。しかし、ある“事故”をきっかけに映画はとんでもなく不穏な空気を帯び、観客はおぞましき“継承”の過程を目撃することになる。
おばあちゃんから秘伝のレシピを受け継いだなんて素敵な話では断じてない。死んだ祖母エレンが授けるのは、大いなる家系に纏わる呪いだ。呪いの正体はここでは明記しないので劇場で確かめていただきたいのだが、この映画はとにかく観客を不安な気持ちにさせる。
恐怖を“想像”させて観る者の不安を煽る
重要なポイントとなる“事故”が最初のショックシーンとなるわけだが、ジャブではなくいきなりアッパーカットを食らわすような演出をかまし、思わず映画から離れたくなる人もいたはずだ(少なくとも私はそんな気持ちだった)。そこから家族に訪れる言葉にできない緊張感と歪み、そして悲しみとやるせなさもまた鑑賞者の気持ちを極限まで不安に追い詰める。「この家族どうなるの? この後何が起こるの?」観客の問いに答えをじらすように、一切予想させない演出力がラストまで飽きさせずに観客を引っ張る。
恐怖演出も素晴らしい。トニ・コレットはじめ、登場人物の顔芸レベルの表情に焦点を置きながら登場人物が見ている対象=恐怖を観客に次から次へと想像させ、ここでも不安を煽る。カメラワークの焦点のずらし方も効いていて、画面の一部に映る恐怖をはっきりとは見せず、確実に観ている側に想像力を働かせる。その点は今、最も注目を集める気鋭の製作会社A24が同じく放った『イット・フォローズ』に類似しているように思う。
しかし、クライマックスのとあるシーンでは久しぶりにホラー映画を観て鳥肌が立った。「え、今見ちゃった!?」と錯覚を起こすレベルの恐怖が映し出されているので是非注目してほしい。既出のレビューでもあるように様々な過去の名作ホラーの引用が見受けられるのだが、この映画の真骨頂はまさに観客の不安な心理にあるであろう。
宗教的な壁や突飛な展開もあり、納得するまでにやや時間のかかる映画ではあったが、新鋭アリ・アスター監督の名前を覚えずにはいられない。映画鑑賞後は公式サイトに載っているネタバレサイトで、観終わった後に継承された不安な気持ちを少しでも消化してみてはいかがだろうか。
文:奥村裕則
ヘレディタリー/継承
今年のサンダンス映画祭で「ホラーの常識を覆した最高傑作」「現代ホラーの頂点」と、批評家から最高の評価を受けた一作。
亡くなった祖母から忌まわしい“何か”を受け継いでしまった家族を、残酷な運命と想像を絶する恐怖が襲う。彼女たちが祖母から受け継いだものは一体何なのか…?
制作年: | 2018 |
---|---|
監督: | |
出演: |