哀れな娘が迷い込んだのは“殺し屋専門”のダイナーだった!
独特な色彩感覚で観る人を怪しい世界へといざなう写真家・蜷川実花が、『さくらん』(2007年)『ヘルタースケルター』(2012年)に続いて手がけた映画『Diner ダイナー』が2019年7月5日(金)から公開中だ。
原作は、日本を代表するホラー作家・平山夢明による同名小説。過激な描写が多く映像化は不可能と言われたハードボイルド作品を、蜷川ワールド全開のポップかつダークな世界観で再構築してみせた。
親に捨てられ、生きる目的を見失い、孤独な人生を歩むオオバカナコ(玉城ティナ)は怪しいアルバイトに手を出した挙句、殺し屋専門の“ダイナー”に売り払われてしまう。そこにいたのは「俺は、ここの王だ!」と大見得を切る元殺し屋にして天才シェフ、ボンベロ(藤原竜也)。ダイナーでウェイトレスとして働くことになったカナコだが、店にやって来るのは一癖も二癖もある殺し屋たちばかりだった……。
メイン舞台となるダイナーで、殺し屋たちはのびのびと欲望を発散させる。例えば、伝説の殺し屋の復讐劇を描く『ジョン・ウィック』シリーズ(2014年~)に登場する<コンチネンタル・ホテル>には敷地内での殺しを禁じるなど“鉄の掟”があったが、本作のダイナーは殺しを含め何でもやりたい放題なのだ。
狂暴な客に殺されそうになったり、サイコな客に切り刻まれそうになったり、ときには寂し気な殺し屋に優しくされたりするカナコ。やがて、殺し屋たちが所属する組織を束ねていた大ボス、デルモニコの一周忌を前に跡目争いが表面化すると、ダイナーを舞台に殺し屋たちの死の狂宴が始まる。そんな中、ボンベロとカナコは料理を通じてお互いの心を通わせていく……。
演劇界の神降臨!「世界のニナガワ」に藤原竜也が捧げるセリフがアツい
蜷川作品に共通する特徴でもあるが、衣装や美術、振舞われる料理にいたるまで徹底的に作りこまれていて、どこを切り取っても一枚の作品として成立するビジュアルは写真家ならでは。原作が持つバイオレンスな世界観と相反するようなカナコのキュートなウェイトレス姿は、まるでダークな“不思議の国のアリス”のようだ。
どうしてもキャッチーなビジュアルに目を奪われがちだが、蜷川監督が亡き父へ捧げたオマージュも大きな見どころのひとつだろう。なんと、ボンベロの料理の腕を買って殺し屋から足を洗わせた、今は亡き大ボス、デルモニコ役に蜷川幸雄が配役されているのである。
常に演劇界のトップを走り続け、多大な貢献をしてきた蜷川が2016年に亡くなったことは、演劇界のみならず日本の芸能にとって大きな損失であった。演劇界の神とあがめられ、“怒ると灰皿が飛んでくる”という逸話を持つ蜷川をデルモニコ役に起用しようと思いついたのはプロデューサーだそうだが、それを受け入れた蜷川実花の懐の深さにも脱帽だ。
そしてボンベロ役の藤原竜也を、映画~ドラマ、舞台を問わず強烈な印象を残す名優へと育て上げたのも蜷川幸雄である。1997年に演技未経験だった若干15歳の藤原を舞台『身毒丸』の主演に抜擢し、俳優としての下地を作り上げた蜷川。そんな藤原が、劇中で「……俺を見つけて育ててくれたのはデルモニコです」と語るシーンには(デルモニコ[蜷川幸雄]を演じるのは井出らっきょ!)、ファンでなくとも胸が熱くなるはずだ。
藤原竜也×窪田正孝! 奇しくも新旧“夜神月”対決が実現
豪華な競演陣も忘れてはいけない。どこか寂し気で、唯一カナコに優しく接する殺し屋・スキンを演じたのは窪田正孝。藤原と窪田は、映画『DEATH NOTE』(2006年)とドラマ『デスノート』(2015年)でそれぞれ主人公を演じているだけに、これは“新旧・夜神月バトル”と言っても過言ではないだろう。
また、ジャケットを脱いでやたらと筋肉を見せつけてくる殺し屋・ブロを演じるのは武田真治。彼が1995年に初代『身毒丸』を演じていたことも、大きな因縁を感じさせる。
さらに“体は子ども、顔面は大人”なサイコキラー・キッドを演じる本郷奏多をはじめ、個性的な俳優/キャラクター陣がところ狭しと大暴れ。中でも、男装の麗人“無礼図”に扮した真矢ミキの、宝塚花組男役トップ時代を彷彿とさせる凛々しい立ち姿は身震い必至だ。
10月には小栗旬主演で太宰治の「人間失格」を題材とした映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』が、2020年にはNetflixオリジナルシリーズ『FOLLOWERS』が配信予定の蜷川実花。独自の世界観に加え、父・幸雄のイズムをも引き継いでみせた彼女の今後にはますます要注目だ。
『Diner ダイナー』は2019年7月5日(金)より全国で公開。