若松節朗監督に聞く「倉本聰と映画『海の沈黙』」
倉本聰が「どうしても書いておきたかった」という『海の沈黙』が、若松節朗監督で映画化された。
画壇から姿を消した若き天才画家・津山竜次(本木雅弘)と、彼の番頭を名乗るスイケン(中井貴一)、画壇の最高峰に上り詰めた画伯・田村修三(石坂浩二)、そして田村の妻で竜次のかつての恋人・安奈(小泉今日子)。贋作画家と画壇のトップという2人の画家を含む4人が、内面に抱く美、そして愛の概念を通し、「作者のバリューで絵の価値は変わるのか? そうであるなら“美”とは一体、何なのか?」というテーマに挑む。
若松監督は『前略おふくろ様』(1975~1977年)『北の国から』(1981年~2002年)『やすらぎの郷』(2017年)などで知られる倉本の脚本を以前から読み込み、自身の教本としてきたという。ドラマ『振り返れば奴がいる』(1993年)『やまとなでしこ』(2000年)、映画『沈まぬ太陽』(2009年)『Fukushima 50』(2019年)の演出・監督として知られる若松に、この作品に挑んだ経緯などを聞いた。
「倉本さんの映画を撮りたい。倉本聰のためにこの映画を撮ろう」
―倉本聰脚本作品の演出を引き受けようと思った理由からお聞きします。
おこがましい言い方かもしれませんが、倉本さんのシナリオを監督できる人はそんなに多くないと思うんです。ある意味、選ばれた人といいますか。僕はこの業界に入った70年代から倉本さんのシナリオをずっと読んできました。すごいシナリオを書く人だなと。倉本さんの書かれたドラマを教本に、僕は仕事をしてきたわけです。
今回は2度目の倉本作品となります。最初は2005年、テレビ朝日で倉本さん脚本、渡哲也さん主役のドラマ『祇園囃子』を演出しました。事前の打ち合わせでシナリオの話になり、僕が倉本さんに「質問が3点ほどあります」と切り出すと、それに答えた上、「まだ何かありますか」と聞いてくれた。「言っていいんですか?」と、さらに10個ぐらい要望を出すと、「随分多いな」と言いながらも「じゃあ、ここで直すわ」と目の前で直してくださり、僕は読むわけですよ。でもシナリオを読む僕を、倉本さんがじっと見ている。内容なんか全然入ってきません(笑)。一応読み終え、「これでいいと思います。ここもなんとかなりませんか」というようなやり取りを、さらに重ねたように思います。その時の印象は、とても優しい人。「僕が聞いてきた噂と全然違う」と思いました。
【ch2】7・1(土)よる7時~
倉本聰ドラマSP「祇園囃子」🏮
京都の祇園祭を背景に描いたサスペンスドラマ🎬
石原プロ製作のドラマらしく大規模スケールのシーンが満載🚔ロケ地の京都市では大通りを封鎖してパトカー行列によるVIP送迎シーンも #渡哲也 #藤原紀香 #仲村トオル #神田正輝 #舘ひろし pic.twitter.com/oV8rhTKnoy— CSテレ朝チャンネル (@tvasahi_cs) June 30, 2023
―『海の沈黙』にも出演されている中井貴一さんはかつて、倉本さんについて「すべてを見透かされているような感じがして怖い」とコメントされています。また俳優が勝手に台詞を変えることを許さないという話を聞いたこともあります。
そうです。今回このシナリオを監督する話が来たとき、「なぜ僕なんだろう?」と思いました。なぜかというと、テーマである「美とは何か?」が、そのときは全然理解できなかったからです。
「ちょっと無理です」と言うと、「どうすればやってくれるんだ」と聞かれました。僕はテレビで育った人間なので、もっとエンターテインメントにしたい。「せっかく本木雅弘さんと小泉今日子さんが出演するのだから、ラブストーリーの要素をもっと強化してもいいんじゃないでしょうか」と話しました。すると「うーん、わかった。そうしたらやってくれるのね」と意外なくらいあっさりと了承してくれて。そのとき僕は決めたんです。「倉本さんの映画を撮りたい。倉本聰のためにこの映画を撮ろう」と。もちろんそれは僕にとってもラッキーなこと。倉本聰のシナリオを監督できるわけですから。
―そのとき倉本さんは元のシナリオを、どんなふうに変えられたのでしょうか?
僕がこだわってお願いしたところが2つあります。
1つは、画壇を追われた竜次と高校生だった恋人の安奈が、実際に会って愛を再燃させること。倉本さんは最初、2人を会わせなくてもいいとおっしゃっていました。でも「会わせなければ観客が納得しないし、僕が作りたいエンタメにもなりません」と話し、どうすれば2人が会えるのかを考えてもらいました。
もう1つは、スイケンと竜次が病室で語り合うところ。2人はゴッホの話をしますが、当初あそこはもっと哲学的で観念的なやり取りになっていました。それをあのシーンで、2人が単なる画家と番頭(マネージャー)ではなく、もっと密な関係性であると分かるようにしてほしいとお願いしたわけです。
朝、そのことを電話で話したら、夕方には送ってくださった。「うわ、早いな」と思って読んだら、全然ダメで。「先生、こうじゃないんですよ。もっと他にあるはずですよね」と言ったら、翌朝に送られてきたのがゴッホの贋作の話だったんです。素晴らしかった。ああいう話で笑える2人。その関係がいいじゃないですか。この2点が加わったことで、もう何も心配はないなと思いました。そうしたら今日(※取材日)、本物だとされてきたゴッホの絵画3点が贋作だったと、オランダのゴッホ美術館が発表したというニュースがありました。リアルな『海の沈黙』です。応援されているなと思いました(笑)。
『海の沈黙』
世界的な画家、田村修三の展覧会で大事件が起きた。展示作品のひとつが贋作だとわかったのだ。連日、報道が加熱する中、北海道で全身に刺青の入った女の死体が発見される。このふたつの事件の間に浮かび上がった男。それは、かつて新進気鋭の天才画家と呼ばれるも、ある事件を機に人々の前から姿を消した津山竜次だった。かつての竜次の恋人で、現在は田村の妻・安奈は北海道へ向かう。
もう会うことはないと思っていた竜次と安奈は小樽で再会を果たす。
しかし、病は竜次の身体を蝕んでいた。残り少ない時間の中で彼は何を描くのか?何を思うのか?彼が秘めていた想いとは?
出演:本木雅弘
小泉今日子 清水美砂 仲村トオル 菅野恵 / 石坂浩二
萩原聖人 村田雄浩 佐野史郎 田中健 三船美佳 津嘉山正種
中井貴一
原作・脚本:倉本聰
監督:若松節朗
制作年: | 2024 |
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『海の沈黙』は2024年11月22日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開