スティーヴン・スビルバーグが最大の敬意を捧げた映画『大統領の陰謀』
スティーヴン・スピルバーグ監督がトム・ハンクス、メリル・ストリープという2大オスカー俳優を迎え、ジャーナリズムの意地を描いた『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)は、疾走感とサスペンスが重ね合わされた力作だった。その内容は省くが、この作品でスピルバーグは、「ビルに不法侵入」するシーンを再現してまで一本の映画に最大の敬意を表した。その作品こそ『大統領の陰謀』である。
『大統領の陰謀』が描くのは、1972年、大統領再選を目指すニクソンを辞任に追い込んだ、大統領による“様々な陰謀”をめぐるスキャンダラスな事件を暴いたジャーナリストたちの奮闘だ。
ニクソンは大統領職と政権維持の保証となる再選に自信が持てず、民主党本部があるウォーターゲート・ビルに一味を侵入させ盗聴器を仕掛けようとする。だが、彼らは逮捕されてしまう。予審を取材したワシントン・ポストの駆け出し記者ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)は、不法侵入容疑者の一人に不審を抱き、事件の真相を突き止めようと取材を始める。
一方で、経験豊富なカール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)も、このネタを追っていた。若いボブとベテランのカール、担当記者となった2人は「ウォーターゲート・ビル不法侵入事件」の真相解剖に挑んでいく。
氷山の一角を突き崩したのはワシントン・ポストの記者2人
政府機関の厚い壁、ニクソンによる様々な組織的な妨害に阻まれながらも、ボブはニュースソースの一人であるディープ・スロート(ハル・ホルブルック)から貴重な示唆を引き出すことに成功する。
「金を追え」というディープ・スロートの助言によって、選挙資金の動きを追う2人。やがて、懸命な取材によって、事件に背後にある氷山の一角を突き崩すトップ・スクープをものにする。ディープ・スロートは、後に「ニクソンによってFBI局長昇格を見送られた」と明かすことになるマーク・フェルト副局長だった。
このスクープによって、ホワイトハウスをめぐる政治スキャンダル、すなわちニクソン大統領自らが下した“様々な陰謀”が暴かれていく。盗聴、不法侵入、裁判への介入、妨害、証拠隠滅、そして不透明な選挙資金の流れなどが白日の下に晒され、総称して“ウォーターゲート事件”として知れ渡ることになった。
NYタイムズに負けてなるものか! 地方記者の反骨魂
報道から時を経ずに政界が動き、ニクソンは連邦下院で「弾劾告発」される。弾劾の仕組みだと連邦上院が「弾劾法廷」となるのだが、上院は民主党多数で勝ち目がないと見たのだ。だがその結果、ニクソンは1974年に辞任し、副大統領フォードが後任大統領となった。ちなみに後年、上院での弾劾法廷に堂々と臨んだビル・クリントン元大統領は、民主党多数によって見事に無罪を勝ち取っている。
「トップ・スクープ」と言葉にするのは容易い。むろん、ワシントン・ポストへの政府機関などからの圧力は痛烈で、ここまで粘り抜いたのも、大手新聞ニューヨーク・タイムズへの対抗意識だった。反骨とも言うべき記者魂を持つワシントン・ポストの記者たちの姿は、『ペンタゴン・ペーパーズ』へと継承されている。
この構図は、日本だと「大阪 VS. 東京」となる。アメリカでは、大阪に当たるニューヨークが絶対的に優位で、東京と目されるワシントンはローカル都市の位置づけだ。新聞も同様で、『大統領の陰謀』の暴露こそ、ローカル新聞が全国区として認められる絶好のチャンスだったのである。
文:越智道雄