海女さんが主人公の痛快バディアクション
『ベテラン』(2015年)、『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)のリュ・スンワン監督が、またも傑作を放った。最新作『密輸 1970』は海を舞台にした、実話から着想を得た犯罪アクション。主人公は海女さんである。つまり女性だ。
1970年代の韓国、漁村クンチョンで海女として働くジンスクたちだったが、近隣に化学工場ができたため海が汚染されてしまう。食い詰めた彼女たちは海女の技術を活かし、海に沈められた密輸品を引き上げる闇ビジネスに手を染める。生活のための苦肉の選択は、密輸王、地元のチンピラ、さらに税関を巻き込んだ予想外の闘いに発展し……。
「女性が主人公の映画には、いい作品が本当にたくさんあります」
リュ・スンワン監督作品というと“男っぽい”イメージがあるのだが、2002年には『血も涙もなく』という女性主人公の作品も。監督は言う。
久しぶりに女性を主人公に立てて作り上げた映画が『密輸 1970』です。男性主人公の映画の撮影をする時とは、また違った友情と幸せを体験できた現場でした。
印象深いのは、ジンスク(ヨム・ジョンア)とチュンジャ(キム・ヘス)、2人の主人公がとにかくカッコいいこと。いわゆるシスターフッドが根底にあり、すこぶる魅力的なバディものでもあり、どんな困難に対しても一歩も引くことがない姿が抜群にいい。
敵は権力と暴力を振りかざす男たち。だからこそ“持たざる者”である海女さんたちの知恵と奮闘が痛快だ。〈海のテルマ&ルイーズ〉なんて言ってみたくもなる。
女性が主人公の映画として、当然『テルマ&ルイーズ』(1991年)は好きです。他にもジョン・カサヴェテス監督、ジーナ・ローランズ主演の『グロリア』(1980年)、シガニー・ウィーバーの『エイリアン』シリーズ(1979年~)。それに『修羅雪姫』(1973年)に『女神の見えざる手』(2016年)……いい作品が本当にたくさんありますよね。
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「海女vsヤクザ」海中バトルにサメも参戦!?
リュ・スンワン監督の作品に共通する魅力は“弱者目線”と、そこからくる反骨精神だ。前作『モガディシュ』公開時にインタビューした際にはこんなことを言っていた。
子供の頃から西部劇だったり、外国の作品をたくさん見てきましたから。そこに出てくるヒーローたちは品位を持っていて、弱者のために犠牲になり、権力の抑圧に抵抗します。そんな姿に、私は熱狂してきました。たとえば黒澤明の『七人の侍』(1954年)や『用心棒』(1961年)。ドン・シーゲルの『ダーティハリー』とそのシリーズ(1971年ほか)。それにチャップリンやキートンも、世の中のメインストリームではない人が孤軍奮闘する姿を描いてきました。私はそういう人物に惹かれるんです。
そういう意味で、最新作である『密輸 1970』の海女さんたちもまさに“リュ・スンワン映画のキャラクター”だ。抑圧への抵抗に男女の差などない。いやむしろ、女性たちの“反骨”こそ現代的だろう。
アクションシーンへのこだわりも強い監督だけに、本作のクライマックス、海中での海女vsヤクザ(vsサメ)のチェイス&バトルは目を見張る。女性だから体が小さい、力もない。けれど海の中では海女さんこそ最強。思わず声が出る素晴らしさだ。
「観客の皆さんを、音楽で70年代に導こうとした」
さらに本作は、音楽も注目ポイント。韓国の70年代ヒットソングが、なぜか日本の我々にも心地いい。既成曲の多用で時代性を出す手法はマーティン・スコセッシやポール・トーマス・アンダーソンを思い出すところ。
2人とも大好きな監督です。ただ今回は他の映画からのインスピレーションというよりも、個人的な思い出が大きかった。私が子供だった70年代に聴いていた曲を、当時の思い出とともに選んでいったんです。
音楽を聴くと、それを聴いていた時代に戻るような感覚が私にはあります。きっと観客のみなさんもそうだと思って、音楽で70年代に導こうとしたんです。
監督にとって珍しい女性主人公、しかしどこを切っても“リュ・スンワン印”なのは間違いない。なおかつテンポのよさや娯楽性、ノスタルジーと刺激などよりレベルアップした感も。
今回、私が目指したのは過去の懐かしさを感じさせつつ、原色の構成を多様に配置して視覚的にさまざまな面白さが感じられる画面でした。特に俳優たちを引き立たせ、海を背景にした映画という特徴をうまく出すこと。そこは撮影監督とずいぶん悩みました。
ベルリンのスパイ、ソマリアの大使館員、漁村の海女さん。どんな題材でもベストなビジュアルを作り上げる。監督いわく、「常に前回よりも面白い映画を作りたい。それだけです」。
――骨太な映画作りにかけては、いまや世界最重要監督の1人とも言えるリュ・スンワン。その魅力を本作でも堪能してほしい。
『密輸 1970』は2024年7月12日(金)より全国公開
CS映画専門チャンネル ムービープラス「今月の韓国映画」放送中
『密輸 1970』
1970年代半ば、韓国の漁村クンチョン。海が化学工場の廃棄物で汚され、地元の海女さんチームが失職の危機に直面する。リーダーのジンスクは仲間の生活を守るため、海底から密輸品を引き上げる仕事を請け負うことに。ところが作業中に税関の摘発に遭い、ジンスクは刑務所送りとなり、彼女の親友チュンジャだけが現場から逃亡した。
その2年後、ソウルからクンチョンに舞い戻ってきたチュンジャは、出所したジンスクに新たな密輸のもうけ話を持ちかけるが、ジンスクはチュンジャへの不信感を拭えない。密輸王クォン、チンピラのドリ、税関のジャンチュンの思惑が絡むなか、苦境に陥った海女さんチームは人生の再起を懸けた大勝負に身を投じていくのだった……。
監督:リュ・スンワン 『モガディシュ 脱出までの14日間』『ベテラン』
脚本:リュ・スンワン、キム・ジョンヨン、チェ・チャウォン
出演:キム・ヘス 『国家が破産する日』、ヨム・ジョンア 「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」
チョ・インソン 『モガディシュ 脱出までの14日間』「ムービング」、パク・ジョンミン 『ただ悪より救いたまえ』、
キム・ジョンス 『工作 黒金星と呼ばれた男』、コ・ミンシ 『The Witch 魔女』
制作年: | 2023 |
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2024年7月12日(金)より全国公開