ステージ4の膵臓がん、その絶望感たるや……!
日本映画学校在学中から数々の映画賞を獲得してきた中野量太監督が初めて手がけた商業長編映画にして、日本アカデミー賞で6部門を受賞するなど代表作となった『湯を沸かすほどの熱い愛』。宮沢りえ、オダギリジョー、杉咲花ら豪華キャストを迎え、末期がんを宣告されたシングルマザーの双葉が余命をかけて家族を再生していく姿を描く。
劇中、双葉が「ステージ4の膵臓がん、しかも全身に転移している」と医師から宣告されるシーンは、がんサバイバーの方はもちろん闘病している(していた)身内や知人がいたら、映画とはいえ思わず目の前が真っ暗になる気持ちだろう。分かりやすい症状がないため“沈黙の臓器”と呼ばれる膵臓は、発覚してからあっという間に逝ってしまうことも少なくなく、一見元気に見える双葉が余命わずかという状況にも説得力がある(治療次第では数ヶ月で数十年ぶんくらい老けてしまったりするのだが)。
また、中野監督の特徴でもある陰影がハッキリとしたシャープな映像はときおり舞台劇のように見える瞬間があるのだが、演技がしっかりしていないと安っぽく見えてしまうので、キャストにもかなりの演技力が求められるはず。本作では食卓を囲むシーンに特にBGMもなく、いわゆる実家っぽい雰囲気が充満していて、画的にも地味なだけにコントっぽくならない絶妙な配慮が感じられた。
あえて真正面から“家族”を描く、中野監督の想い
主演・宮沢りえの変わらぬ美貌は度々ハッとさせられる破壊力だが、自身もシングルマザーとして娘を育ててきた彼女だけに、安澄や鮎子、子連れ探偵・滝本の幼い娘に向ける眼差しは母親モードが炸裂していて、そのたびに胸が締めつけられる。娘の安澄を演じた杉咲花の瑞々しさがあふれる存在感も秀逸で、彼女の特徴でもある舌っ足らずなセリフ回しが、安澄の意志の弱さや成長過程を示す効果をもたらしている。
しかし、病が発覚した双葉が当然のように“母”としての役割を果たす(母を手放させる)姿は、正直違和感を感じさせもする。ロクにサポートできないダメ男の一浩には、思わず「こんなにしっかりした奥さんを残して蒸発するバカがいるか!」とゲンコツを握りしめてしまうレベルだ。安澄への陰湿ないじめシークエンス(双葉と本人の対応を含む)に関しても賛否分かれて然るべきだと思うし、まだ幼い鮎子が自発的に過去を“清算”するかのような表現も若干しんどいのだが、とはいえこれらは繊細な問題だし明確な正解があるわけでもないので、各々で消化するべきなのかもしれない。
最後の最後まで精神的にしんどいシーンが山盛りの『湯を沸かすほどの熱い愛』には、中野監督の“家族”というものに求める想いや、その家族を描くに際して込めた希望など、最新作『長いお別れ』との共通点が少なくない(演者へのハードルの高さも含め)。耐え難いほどツラい現実も、あえて正面から受け止めて、なんとか乗り越えていかんとする家族を描く。それは、それがどんな家族にも普遍的に備わっている本質だから。
『湯を沸かすほどの熱い愛』は2019年6月2日(日)、BSテレ東「シネマスペシャル」にて放送
『長いお別れ』は2019年5月31日(金)より全国ロードショー