『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)で脚光を浴びたマット・デイモンと、インディペンデント映画『スウィンガーズ』(1996年)と『go』(1999年)で高い評価を得たダグ・リーマン監督。アクション作品のイメージがなかった両者がタッグを組み、ロバート・ラドラムの小説を映画化した『ボーン・アイデンティティー』(2002年)はスマッシュヒットを記録。アクション映画界に新風を吹き込んだことはつとに有名である。そして『ヒックとドラゴン』シリーズ(2010年~)の音楽で知られるジョン・パウエルが作曲したスピード感のある劇伴も、従来のアクション映画音楽のスタイルを大きく変えるものだった。
今年11月には6作目となる続編製作の交渉中であることが報じられ、デイモンの復帰も噂されている『ボーン』シリーズ。今回は12月のCS映画専門チャンネル ムービープラスでのシリーズ一挙放送の機会に合わせ、スピンオフ作品を含む全5作の音楽を簡単に振り返ってみたいと思う。
作曲家交代!予算も時間もない『ボーン・アイデンティティー』の音楽はどうなった?
『ボーン・アイデンティティー』の撮影中、リーマン監督は様々な困難に直面していた。スタジオ側との軋轢、脚本の書き直し、再撮影と再編集――さらに、ある程度まで作曲を進めていたカーター・バーウェル(コーエン兄弟監督作品の常連作曲家)の音楽に満足できず、急遽作曲家を交代させる事態にまでなってしまう。そこで彼の後任として雇われたのが、当時『フェイス/オフ』(1997年)の音楽で注目を集めていたジョン・パウエルだった。
‘Still: A Michael J. Fox Movie’ Composer John Powell Treated His First Documentary Score Like A Musical – Sound & Screen TV https://t.co/8e3CW6IhBZ
— Deadline (@DEADLINE) May 11, 2023
バーウェルのレコーディングで既に大金を費やしていたため、新たな劇伴の作曲には予算も時間もかけられないという制約の中、パウエルは当時流行していたドラムンベースの手法などを取り入れたエレクトロニック・スコアを書き上げた。そして仕上げにオーバーダブのストリングスを追加し、倹約的かつ効率的な音楽を完成させた。
「スケール感」ではなく「推進力」に重点を置いたパウエルの劇伴は、『007』とは異なるスパイ・アクション映画作りを目指していたリーマン監督の意向とも一致し、シリーズの礎となる疾走感あふれる音楽が誕生した。見落とされがちな要素だが、ジェイソン・ボーンというキャラクターの悲劇性を表現する際にファゴットのソロ演奏を用いたのも、アクション映画の音楽では珍しい手法で印象的だった。