「観客が泣いてくれなかったら失敗作だと思う(笑)」
「監督にとって“悲嘆”とは、なんでしょうか?」
力強い目を向けるギャスパー・ノエ監督に対して、筆者は聞いた。
悲しみが多すぎる映画『VORTEX ヴォルテックス』。本作を観たその日は丸一日悲しみに暮れるが、しばらく経つと、不思議と“生”を感じることができるからだ。
すると彼は少し笑みを浮かべながら、本作について語り始めた。
悲しくて泣くことは健康にいいんだよ。思いっきり泣いた後って、気分がスッキリするよね。それは涙を流すことで神経がリラックスするからなんだ。
10年前になるんだけど、私の母が認知症を患って、私は何度も泣いたんだ。そしてコロナ禍では恩師フェルナンド・E・ソラナス(※アルゼンチンの映画監督/脚本家)、友人の俳優フィリップ・ナオン、妻ルシールの父君……たった半年で3人も仲間を失って、その時も大泣きしたんだよ。
それで次の映画は「思いっきり泣かせるような映画にしてやろう!」と思ったのさ。死をテーマにしてね。だから、『VORTEX ヴォルテックス』を観た観客が泣いてくれなかったら、失敗作だと思うよ(笑)。
今回の映画が悲しみで埋め尽くされているのは、撮影現場の環境もあったかもしれない。コロナ禍の真っ只中ということもあって、マスクをしなくてはいけなし、夫、妻、息子、孫と演者も絞った。その上、第2波、第3波と感染の波がやってくる。いままでやってきた現場は、どこかユーモラスな雰囲気があったけれど、今度ばかりは息が詰まりそうだったよ。
そんな影響もあって、本作はこれまでにない雰囲気が出たんじゃないかな。実際、悲しい映画を撮ったのは初めてだから。
「ダリオとの撮影は3テイクが限界(笑)」
―ダリオ・アルジェントとフランソワーズ・ルブランの組み合わせはどのように思いついたのでしょう?
フランソワーズ・ルブランは『ママと娼婦』(1973年)を観た時から気に入っていて、シナリオを書き上げた段階で妻役を依頼しようと思っていた。彼女はとても頭が良くて、演技も素晴らしいからね。逆に夫役は、俳優というよりフレンドリーな人を選びたかった。そこで思いついたのがダリオだったんだ。彼とは20年来の友人だしね。
とはいってもオファーを受けてくれるとは夢にも思っていなくて。実際、最初は「僕は俳優じゃないから」と断られてしまってね。でも、「アドリブでなんでもやっていいよ」と伝えて、さらにご息女(アーシア・アルジェント)の後押しもあって出演を決心してもらったんだよ。
―ダリオの演技は、ほとんどがアドリブだったのですね
私が書いたシナリオはとても短いものなんだ。ざっくりとした内容だけのものでね。撮影日の最初にミーティングをして、どうやって撮っていくかをそこで決めていく。だから会話は全てアドリブさ。
私はそうしたやり方を続けてきたから、テイクを重ねることが多いんだよ。だけどダリオはそうじゃなくてね。彼はほとんど撮り直しをしない監督だったから、今回は3テイクが限界。それ以上撮ろうとすると「もういいい!」って言い出しちゃうんだ(笑)。
逆に君に聞きたいんだけど、ダリオの”間際”の演技はどうだった?
―素晴らしかったですよ!「ダリオはあんなに鬼気迫る演技ができるんだ!」と思いました。
それならよかった。あのシーンがまさにそれさ。あれは2テイク目を使ったんだけど、私が「もう1回!」と頼んだら、ダリオが「今のでいいだろ!」と撮らせてくれなかったんだよ。
『VORTEX ヴォルテックス』
映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。離れて暮らす息子は2人を心配しながらも、家を訪れ金を無心する。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて、日常生活に支障をきたすようになる。そして、ふたりに人生最期の時が近づいていた…。
監督・脚本:ギャスパー・ノエ
出演:ダリオ・アルジェント フランソワーズ・ルブラン アレックス・ルッツ
制作年: | 2021 |
---|
2023年12月8日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国公開