ご存じの方も多いと思うが、映画『PIGGY ピギー』には原型となるショート映画『Cerdita』(2018年)がある。いじめられっ子の太った主人公が、誘拐犯に連れ去られようとしているいじめっ子を見捨てる様を描く14分の小品だ。陰惨なイジメと血生臭さ漂う誘拐、陽光の下で詳らかにされる主人公の心情風景、さらには堂々とした演技……このギャップが評価され、スペインのアカデミー賞ことゴヤ賞において最優秀短編映画賞を受賞した。
監督のカルロダ・ペレダにとって、長編化は約束されたようなものだったが、負け犬のイジメられっ子が仇敵の血とハラワタでスクリーンを赤く染めるような安易な復讐映画とはならなかった。これは異形のラブストーリーであり、成長の物語でもある。もちろん、多くの”厭映画”ファンが期待するような目を覆いたくなるイジメや殺人シーンもしっかりと封入されており、それらは短編『Credita』にあるように、スペインの陽光を使ったギャップでひときわ感度を高めてくれている。
ストレスによる過食、子供っぽい言動、こっぴどいイジメ、過干渉な母、無関心な父、邪魔な弟……愛情に絶望している主人公サラが初めて触れた優しさが、殺人誘拐犯が置いてくれたタオルだった。そしてよりにもよって、惚れてしまう。海外では所謂“Dickmatized”と言われるもので、要は「男性的なものに囚われる」といった意味になる。
殺人犯は孤独感に苛まれているが故に、サラに接触を試みようとするわけで、ここが非常にぎこちない若者の恋愛を観ているような奇妙な気分にさせられる。不思議なのは、この両者どちらに対しても嫌悪感が湧かないことだ。ペレダ監督は、とりわけサラに関しては慎重に描いたようで、決して軽薄になることなく、あくまでサラが物語を牽引できるような魅力のあるキャラクターに仕上げている。
そしてサラの牽引力は話が進むにつれて強くなる。当初、誰も気にしていかなかったサラの存在は「何かを知っている」ことが明らかになると、もはや誰も彼女を無視できなくなるのだ。サラを演じたラウラ・ガランの才能はすさまじく、悲惨さとユーモア、羞恥心と無恥心の間を漂う芝居は見事としか言いようがない。
サラは最後、不思議な決断をするのだが、それを見れば彼女はイジメられっ子なのではなく、単にエゴが強すぎる頑固者だったことに気づくだろう。「絶望は人を優しくする」――『PIGGY ピギー』から得られる収穫だ。
そんな本作の製作について、カルロタ・ペレダ監督にメールインタビューを試みた。やはり相当、多方面で気を遣った作品であったようだ。
『PIGGY ピギー』
スペインの田舎町。 ティーンエイジャーのサラはクラスメイトからの執拗なイジメに苦しんでいた。両親や弟からも理解されず、家の中でも居場所を見つけられないサラはヘッドホンに頭をうずめて自分の気持ちを閉じこめる日々を送っていた。 ある日、あまりの暑さにひとりで地元のプールへと出かけたサラは、怪しげな謎の男と、3人のクラスメイトと鉢合わせてしまう。 再びクラスメイトたちのイジメの標的となるサラ。 しかし、その帰り道、恐ろしい現場に遭遇する。それは、血まみれになった3人のいじめっ子たちが、謎の男の車に拉致され、連れ去られるところだった…。
監督・脚本:カルロタ・ペレダ
主演:ラウラ・ガラン/カルメン・マチ/リチャード・ホームズ/ピラール・カストロ 他
制作年: | 2022 |
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2023年9月22日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー